ネット配信が普及して「見逃し配信」が当たり前になり、全チャンネル1週間以上録画保存できる「全録レコーダー」も増えてきた。
これまでだったら「あー見逃したー!(涙)」で終わっていたのに、今は何らかの方法で、見逃したものを見ることができる。素晴らしい時代である。
なんでも知っている気分になれる現代
見逃し配信だけではない。すでに放送されたテレビ番組やラジオ、イベントでの出来事などを要約してネットニュースの記事になっていることも多い。
それらの何本かに目を通しているだけで、話題のドラマも、バラエティも、芸能人のスキャンダルも、ざっくりとは把握できる。さらに、その記事についているコメントを読めば、世の中の反応も大方理解できる。
だから、本当は一度も見たことがないドラマの批評ができてしまうし、120分間の記者会見をあたかも通しで見たような錯覚に陥る。世のトレンドを、すべて知った気になれるのだ。
けれども、実際には原稿を書いた記者が切り取ったある一部分だけを読んでいるのであり、書き手のバイアスを通して情報が伝わってきている。故に、本来の事実とは異なる、誤った解釈をしてしまうことも往々にしてある。便利だが、少々危うい時代である。
炎上が起こる理由とは?
いずれにしろ、ひと昔前よりも私たちは「知りたがり」「欲しがり」になってきたといえるのではないだろうか。
その欲求を満たす最たるものがTwitterをはじめとするSNSであろう。24時間いつでもアクセスでき、リアルタイムで話題になっているニュースを知ることができる。興味があるワードで検索すれば、そのワードを使った投稿だけがピックアップできるので、過去のトレンドも瞬時に理解できる。
純粋に情報収集の手段として使っている分にはいいのだが、SNSは時としてさまざまな炎上を起こすから厄介だ。
たとえば、ほんの些細な失言や小さな失態、世の中に異を唱えた思想を見つけたとき、それらに反発する人々の怒りが増幅し、あっという間に大きな「憎悪のかたまり」になって攻撃がはじまる。SNS、特にTwitterでよく起こる現象だ。
なぜこうも炎上するのか。その理由として、「怒り」は人間が抱く感情の中で、最も中毒性の強いもののひとつだからだと述べるのが、坂爪真吾氏。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事で、新しい「性の公共」をつくるという理念のもと、さまざまな性問題の解決に取り組んでいる、著書『「許せない」がやめられない SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症』(徳間書店・刊)が話題の人物だ。
他人の発言や考えが「許せない」4つの視点
坂爪氏によると、それらの怒りは「ジェンダー」が発端になっていることが多いとのこと。女性らしさの押しつけ、女性差別・女性蔑視、無自覚な男性中心主義、LGBTへの配慮不足などがそれだ。
そして坂爪氏は本書の中で、こう指摘する。「SNS上におけるジェンダーをめぐる炎上は、4つの『許せない』が複雑に絡み合うことで発生する」。
その4つとは、
1.女が許せない
2.男が許せない
3.LGBTが許せない
4.性表現(規制)が許せない
である。
たとえば、ナインティナイン岡村隆史氏のコロナと風俗に関する発言の炎上。たとえば、女性専用車両に反対する主張を繰り返す人たち。たとえば、人気アニメの献血キャラクター擁護 VS 否認問題。
なぜ、これらの炎上が起こったのか、その背景には、どのようなジェンダー意識の差異があるのか。
フェミニズム、ミソジニスト、ツイフェミ……なんとなく知っているようで、じつはよく理解していなかったジェンダーに関わる事柄について、本書は具体的な事例を用いながら解説してくれている。「女だから○○」という言われ方に幼いころから違和感をおぼえつつも、「ミソジニストって、もうすぐ三十路の人のこと? アラサー的な?」というお粗末な知識しかなかった私にとって、思っていたよりもずっと難解な書であったが、現代のSNSにまつわる問題を理解するのに偉大なる手引であったことは間違いない。
情報であふれた現代だからこそ、必要なこと
話は戻るが、知りたがり、欲しがりな私たちにとって、情報で溢れかえっている現代は快適だ。けれども、その情報を正しく読み取る力が低下しているようにも感じる。そして、すきあらば誰もが何かに対して怒りたい風潮も。
高級車がパトカーとして寄贈されたニュースを見て、「税金のむだ遣いだ! けしからん!(購入じゃないよ、寄贈だよ?)」と怒れる人々。会見のほんの一部分だけを見て、「そんなことを言っちゃうの? 信じられない!(まとめサイトを読んだだけでしょ? 前後では違った意味のことを言ってるよ?)」と正義を振りかざして怒り狂う人々。
いま私たちに必要なのは、ジェンダーをはじめ、あらゆる物事の正しい知識を持つことはもちろん、冷静に文章を読み解く力、そして自分と異なる意見を許容することではないだろうか。
言葉は狂気的な凶器であり、人を容赦なく傷つけるものだからこそ。これ以上、理不尽な炎上が起こらないことを切に願う。
【書籍紹介】
「許せない」がやめられない SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症
著者:坂爪真吾
発行:徳間書店
スマホの画面の向こうには、匿名の歪んだ正義が渦を巻く。ジェンダーをめぐる炎上、ナイナイ岡村「風俗発言」、「テラスハウス」出演者攻撃…。24時間「許せない対象」を探して怒りを求める。これがサイバー空間の異常実態だ。