自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開け、注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、超のつく基本はなかなか、他人には聞きにくいもの。この連載では、その超基本を、ソムリエを招いて手取り足取り教えていただきます。さすがに基本は押さえている、という人にも、プロが伝授する知識には新たな発見があるでしょう。教えてくれるのは、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。
第3回からは、ワインの種類や製法、産地などをそれぞれ取り上げ、解説していただいています。今回は、歴史と個性のある「産地」がテーマ。
個性は産地に宿る! 知る人ぞ知るワイン産地の魅力
旧約聖書『創世記』に登場する“ノアの箱舟”が漂着したとされるのが、コーカサス山脈付近。そこで紀元前8000年頃に、地球で初めてのワインが誕生しました。
一説によれば、はじまりのワインは人の手が加わらず、自然に発酵したものだったのではないかと推測されています。そういったワインを当時の人々は口にし、その後、ワイン生産のためのブドウ栽培が始まって、ギリシャやエジプトといった地中海沿岸の国々に伝わり、長い時間をかけて、ワイン造りの中心はヨーロッパに移っていきます。
現在では南米、オセアニアや南アフリカ、もちろん日本や東アジアと、世界中のいたるところでワインが造られるようになりました。そして私たちが世界中を旅するのと同じように、さまざまな国でワインが輸出入され、生産国とは別のさまざまな国々で楽しまれています。
ワインは産地、ブドウ品種、生産者の3つの要素によって“性格”がかたちづくられる、というのが一般的に言われていることですが、最大の要素は“産地”にあるのではないかと、僕は考えています。品種がその土地に根差したことにも気候風土や歴史があり、人の日々の営みも、その土地なくしては考えられません。ワインにエチケット(ラベル)が貼られるようになった近代も、元々は原産地の表示しかないのが通常で、ワインの個性はつまり、産地によってのみ語られていたことになります。
幸いにも、日本ほど世界中のワインが輸入されている国はほかにありません。もし気に入ったワインに出会うことがあったら、そのワインがどのような土地で造られたのかを想像してみたり、ちょっと調べてみたりするのも楽しいものですよ。ワインの魅力は味わいだけではありません。その土地の魅力と合わせて受けとめてみるのも、ワインライフをより一層豊かなものにする、ひとつのポイントなのです。
●音楽の国の協奏曲ワイン「ウィーナー・ゲミシュターサッツ」
オーストリアの首都ウィーン、芸術と音楽の街というイメージが色濃く浮かびますが、実はワインの銘醸地としても知られています。
いずれ現地に行く機会があれば、ぜひ立ち寄っていただきたいのが、“ホイリゲ”と呼ばれるワイン酒場(2019年にユネスコ無形文化遺産に登録)。ブドウ畑に囲まれたホイリゲで味わうワインは、澄み切っていて心洗われるような味覚体験で、それだけでもウィーンに行く価値があると思えるほどです。
オーストリアを代表する白ワイン「グリューナー・フェルトリーナー」はもちろん美味しいのですが、今回紹介するのは「Gemischter Satz(ゲミシュターサッツ)」。少なくとも3品種以上の“混植混醸”、つまり畑に植えられたさまざまなブドウ品種を、いっせいに収穫しいっせいに醸造するというワインです。ヴィンテージ(生産された年)や生産者によって品種のミックス具合は異なり、写真の「ヴィーニンガー」の2018年は11品種のミックスとなります。
ゲミシュターサッツは本来のワインの造り方のひとつと考えられており、ふくよかでありキレがあり、果実感もあって青さもあるという、相反する要素を兼ね備えた生命力のある味わいとなります。“畑にさまざまな品種が育っていることが調和をもたらす”というダイバーシティ的なワインがゲミシュターサッツであり、その土地の味わいを表現するのに適した生産手法であると注目されています。
そして世界的に健康志向が高まっているなかでも、農産物(ワインも農産物)のオーガニック比率を見れば、オーストリアは世界を見渡しても最先進国といえるオーガニック大国。ぜひ一度「Gemischter Satz」と表記されたウィーン・ワインを味わっていただきたいところです。
そしてもうひとつ、オーストリアの魅力を付け加えましょう。ボジョレーに代表されるように、世界中のさまざまな産地でその年のブドウから造られる新酒が造られているのですが、オーストリアのホイリゲ(前出の“ワイン酒場”も指すが、本来は“今年の新種”を表す)は、一度お試しいただきたいワインです。解禁日は11月11日。2020年は例年よりも収穫が遅めで、ゆっくりと成熟した優良ヴィンテージだそうなので、インターネットやワインショップで探してみてはいかがでしょうか?
Wiennger(ヴィーニンガー)
Wiener Gemischter Satz 2018(ウィーナー・ゲミシュターサッツ2018)
希望小売価格=3000円(税別)【Info】
・生産国=オーストリア
・生産地=ウィーン
・ブドウ品種=11品種の混植混醸
・輸入元=ヘレンベルガー・ホーフ
●ジョージアとオーストラリアのオレンジワイン
ジョージアでは紀元前6000年頃にワイン造りが始まったとされ、もっとも古いワイン産地のひとつと考えられています。それほどの歴史があるにも関わらず、これまで日本ではあまり見かけることはありませんでした。というのも、元々は生産量のほぼ全量が国内とロシアで消費されていたのが、ロシアの禁輸措置に伴い、最近になって日本にも輸入されるようになったのです。
ジョージアのワイン造りは特徴的で、“クヴェヴリ”と呼ばれる素焼きの甕(かめ)を土に埋めて発酵、熟成の過程を行います。そのため白ブドウ(生産量の大半は白ブドウ)の醸し発酵、つまり黒ブドウで赤ワインを造るように果皮の色がワインの色調を色濃くします。これが“オレンジワイン”、あるいは“アンバーワイン”と呼ばれ、赤・白・ロゼに続く4つ目のカテゴリーとして、ムーヴメントを巻き起こしているのです。
もうひとつジョージアワインの面白さをお教えしましょう。現代ワインの生産において、酸化防止剤の多寡が語られがちなことから、高級ワイン生産者のなかには発酵槽に塗るなど、タイミングや質や量など、さまざまな工夫が試みられています。一方、ジョージアでは逆さにしたクヴェヴリに硫黄を炊き、天然の二酸化硫黄を素焼きの表面に吸着させるという手法をかなり古くから行ってきたと言われています。まだタンクのない時代の発酵槽としての甕、保存料としての二酸化硫黄の使い方と、人間の知恵には舌を巻くばかりです。
こうした古くからのワイン生産手法は現代の醸造家にも影響を与えており、もうひとつ紹介するオーストラリア・バロッサヴァレーのスモールフライ・ワインズは、4~5品種の混植混醸の白ブドウから、オレンジワイン特有のナッツやアプリコットといった濃密な味わいをより洗練させた、現代的オレンジワインを造り上げています。
今後クヴェヴリやアンフォラ(同じく陶器の器)を使った白ワインや赤ワイン、地域によってさまざまなオレンジワインが産まれていくことでしょう。多くのオレンジワインは抜栓してもおよそ1週間以上は楽しめる上、中華料理やスパイスを使った料理などとも相性が良いので、これから家庭でも気軽に楽しめるワインになるかもしれません。
Shumi Winery(シュミ・ワイナリー)
Iberiuli Rkatsiteli Qvevri 2015(イベリウリ・ルカツィテリ・クヴェヴリ 2015)
希望小売価格=2900円(税別)【Info】
・生産国=ジョージア
・生産地=カヘティ
・ブドウ品種=ルカツィテリ(白ブドウ)
・輸入元=ヴァンクロス
Tangerine Dream(タンジェリン・ドリーム)
Smallfry Wines 2018(スモールフライ・ワインズ 2018)
希望小売価格=3800円(税別)【Info】
・生産国=オーストラリア
・生産地=バロッサ・ヴァレー
・ブドウ品種=ペドロヒメネス、セミヨンを中心とした5品種の混植混醸
・輸入元=kpオーチャード
●ギリシャワインの末裔? イタリア・ヴェネトの「アマローネ」
南北に長いイタリアでは20州すべてがワイン産地であり、1880年には国民の約8割もがワイン生産に携わっていたという記録もあるほど。古くから現在に至るまで、長きにわたってワイン大国の一角を成しています。全土では2000を超えるブドウ品種が栽培されているといわれ、州や地域によってさまざまな個性のワインが造られています。そう考えると、品種でワインを選ぶのがもっとも難しいワイン生産国が、イタリアなのかもしれません。
では、何がイタリアワインをこれほど魅力的にしているかといえば、地方それぞれの歴史的背景、気候風土、それに伴う郷土料理と、ひとつの国のなかに多様な個性を内包しているからなのではないでしょうか。個性的な地方≒個性的なワインという図式が、イタリアワインの魅力を奥深いものにしているように思えます。
ヴェネト州の「アマローネ」という赤ワインを聞いたことはあるでしょうか? 地場品種の「コルヴィーナ」を中心に、陰干しして糖度を凝縮させたブドウから造られる濃密な赤ワインは、アルコール度数は16%ほど。世界中を見渡してもこれほど力強いワインは珍しく、ヴェネト州を代表する銘醸ワインとなっています。アマローネ自体の歴史は浅く、1930年代に知られるようになったといわれていますが、その原型となった陰干しブドウから造る甘口のワイン「レチョート」は、成立を中世にまでさかのぼることができ、港湾都市・ヴェネツィアを通じて運ばれたギリシャの甘口ワインがルーツと考えられます。
このように、イタリア各州のワインにはそれぞれの物語があり、そういった物語もワインを楽しむ魅力のひとつでしょう。しばらく海外に行くことが難しいご時世ですが、好きなイタリアワインと出会ったら、いつかその産地を旅してみることをおすすめします。
Amarone Della Valpolicella Classico(アマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラ・クラシコ)
Monte Ca’Bianca 2012(モンテ・カ・ビアンカ 2012)
希望小売価格=1万2000円(税別)【Info】
・生産国=イタリア
・生産地=ヴェネト
・ブドウ品種=ヴァルポリチェッラ・ブレンド
・輸入元=ミレニアムマーケティング
【プロフィール】
ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)
カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/