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2020/12/7 6:00

南イタリアの風物詩を守れ! 若手農家が仕掛ける「サステナブルな農業革新」

南イタリアの美しい春を彩る風物詩のひとつにアーモンドの花があります。ユネスコの世界無形文化遺産に登録された「地中海の食事」でもアーモンドの実は重要な食材のひとつですが、その一方で地中海の風景に溶け込むアーモンドの木は絶滅の危機に瀕しているものも少なくありません。そこで、食文化としても重要なアーモンドの木と養子縁組し、将来もアーモンドを残していくというプロジェクトが立ち上がりました。

 

紀元前から南イタリアで愛されてきたアーモンド

↑このアーモンドの養子にならない?

 

アーモンドの起源は西アジアにあるといわれ、紀元前5世紀にギリシアからイタリア半島に伝わりました。高い栄養価が評価され、中世にはカール大帝がイタリア半島内でのアーモンドの栽培を促進したとも伝えられています。

 

2013年にユネスコの世界無形文化遺産となった地中海の食事でもアーモンドはその一翼を担い、イタリアの保健省は1日に5~20gのアーモンド摂取を推奨しています。南イタリアではアーモンドを使用した伝統的なお菓子も多く、アーモンドオイルやアーモンドミルクなどの商品もあちこちで販売されています。

 

また、キリスト教会内にある宗教絵画などにアーモンドが描かれていることもあり、イタリアでは生活に浸透している食材といって過言ではありません。

↑モンツァのドゥオモに残る16世紀のフレスコ画の結婚式シーン。アーモンドの糖衣菓子が描かれている

 

地中海地方に伝わるアーモンドの品種は750種にも及ぶといわれてきました。しかし、気候の変化やアーモンド栽培農家の減少などにより、そのうちの150種はすでに絶滅。残る600種についても絶滅の危機に瀕しているものが少なくなく、農業食料森林省も長年頭を抱えていました。

 

そもそもアーモンドの栽培は南イタリアの農家の副次的な収入源にとどまっていた時代が長く、1950年代からアーモンドの栽培は減少し続けていたのです。ところが近年、健康ブームからアーモンドの栄養価が見直され、アメリカをはじめとする先進国でアーモンドの需要が増加しました。それに伴い、イタリアでもアーモンドの栽培を見直す動きが活発化し、最近ではオーガニック栽培のアーモンドも市場に登場するようになりました。

 

若い農家たちの大胆な戦略

そんななか、近年イタリアでは農業に従事する若い世代が増えています。イタリア専業農家連盟の2020年1月の報告によると、過去5年間に農業ビジネスに従事し始めた35歳以下の若者は5万6000人にも及ぶとのこと。

 

特に古代から肥沃な穀倉地帯として知られるイタリア南部でこの増加が顕著で、シチリア島、プーリア州、カンパーニア州を中心に若手が先導する農業ビジネスが加速しています。製造業やサービス業など他の業種と比べると、農業に従事する35歳以下の割合は10%ほど多く、彼らが率いる農業収入は従来の農家よりも75%も多いことが明らかになりました。

 

若い世代の新しい農業ビジネスの利点は、農産物を生産し販売するという単純な作業だけにとどまらないということ。消費者への直売、有機栽培、ツーリズムとの提携、再生可能エネルギーの導入など、時代に即した戦略を大胆に用いている点に特徴があるといえます。ソーシャルメディアを使用したマーケティング力に長けている点も無視できません。アーモンドに注目したのもそんな若い世代だったのです。

↑南イタリアの春を彩るアーモンドの花

 

若手の農業従事者から生まれたアイデアのひとつが、地中海エリアにおいて歴史的にも文化的にも重要な位置づけであるアーモンドを将来に残すという試み。そのプロジェクトは「アーモンドの木と養子縁組を(Adotta un mandorlo)」と名付けられました。

 

アーモンドの木と養子縁組する方法や金額はさまざま。まず、樹齢の高いアーモンドを1年間養子にするには59ユーロ(約7300円)かかります。3年間ならば159ユーロ(約2万円)、5年間であれば289ユーロ(約3万6000円)となります。出資期間中には毎年、それぞれの木から収穫したアーモンド3キロを受け取ることができます。

 

また、新しく接ぎ木したアーモンドの木を養子にすることも可能。こちらの期間も1年間、3年間、5年間の三択で、費用はそれぞれ39ユーロ(約4900円)、119ユーロ(約1万5000円)、209ユーロ(約2万6000千円)です。樹齢が高いものと比べると、こちらのほう安価なのですが、接ぎ木の場合はすぐに実をつけないため1年間の養子縁組ではアーモンドを受け取ることができません。つまり、その1年間はこの養子縁組プロジェクトに賛同したというボランティア感覚になります。他方、3年間と5年間の養子縁組を選択すると、毎年1キロのアーモンドを受け取ることができます。

 

いずれの養子縁組の場合にも、その樹木には投資をした人の名前を記したプレートが設置され、GPSによって成長具合や開花、実をつける様子などを見ることができます。また、養子縁組のために支払われた資金はその樹木の手入れに使われるほか、バイオダイナミック農法の促進や土壌の質の向上、地質研究などに有益活用されるそうです。

 

この養子縁組プロジェクトには資源の有益活用やサステナブルな農法、木の成長過程を共有できるワクワク感などが盛り込まれています。アーモンドが有する歴史や食文化を存続し、収穫したアーモンドを毎年受け取ることができるなら、養子縁組の費用を出してみようというイタリア人も少なくないでしょう。地中海の食文化に重要な食材のひとつであるアーモンドの木は、これからも大切に守っていきたい南イタリアの財産。その存続と発展は若い世代に託されています。