コオロギの養殖で未来を拓く~太陽ホールディングス株式会社/太陽グリーンエナジー株式会社
日本には貴重なタンパク源としてハチの子やイナゴなどの昆虫を食する文化があり、今もまだ伝統食として残っています。また、世界に目を向けると、アジアや中南米、アフリカなどでは、おやつや嗜好品として日常的に昆虫を食べる文化が根付いている地域もあります。
総合化学メーカーが食糧事業に進出
近年、昆虫食が世界中で高い関心を集めています。2013年には、国際連合食糧農業機関(FAO)が、食糧問題の解決策の一つとして、栄養価が高いと言われる昆虫食を推進する方針を明らかにしました。そして現在、国内でも、コオロギの養殖に取り組む企業があります。それが総合化学メーカー・太陽ホールディングスのグループ会社、太陽グリーンエナジーです。
太陽ホールディングスは、ソルダーレジスト(プリント配線板の回路を保護する絶縁膜となるインキ)の世界シェアトップを誇る総合化学メーカーです。グループの土台である化学を基盤としてグローバルに展開してきた知見を生かし、2017年から、世界的に取り組むべき課題である3つの分野「医療・医薬品」「エネルギー」「食糧」を新たに事業領域に加え、総合化学企業として展開。太陽グリーンエナジーは、グループ内で食糧事業などを担い、ITを用いたベビーリーフやイチゴ、メロンなどのハウス栽培を行っています。
食糧危機への対応策として事業を検討
では、なぜ総合化学メーカーが昆虫食なのでしょうか。コオロギの養殖を始めたきっかけについて、太陽グリーンエナジーの代表取締役社長である荒神文彦さんにうかがいました。
「大学時代から昆虫の研究に取り組み、ドイツの大手化学メーカーで農薬研究に長く携わってきたある社員がいるのですが、『食糧として昆虫が必要となる時代が来る』という考えを持っていました。そんな中、グループの新しい柱の1つに“食糧”が掲げられたことを受けて、コオロギの養殖を提案したのが始まりです。社内では戸惑いの声も大きかったものの、“自律型人材の育成”を掲げる当社グループには、自ら何かを成し遂げるという気概を持ち、果敢にチャレンジする人を応援する風土があります。コオロギで食糧問題に取り組むという新しい挑戦も当社グループらしいと、昆虫養殖という領域に乗り出すことになりました」
SDGsの目標(2 飢餓をゼロに)にも掲げられていますが、人口増加に伴う食糧不足の危機は世界的に強まっています。検討当時、提案をした社員は本来の職務の傍ら、社屋の廊下内でコオロギの養殖研究を始めたそうです。その後、2018年6月に事業所敷地内(福島県二本松市)に専用の飼育研究施設を建設。同年9月には、東北サファリパークと共同研究をし、まずは人向けの食材としてではなく、魚や動物の餌として付加価値の高い飼料となることを目指し、スタートしました。さらに2019年より専属の社員が配属され、人向けにも注力。現在は福島県と埼玉県で養殖、及び試験研究を行っています。
大腸菌検査など管理体制を徹底
同社で養殖しているコオロギは、フタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギという2種類です。フタホシコオロギはタイやフィリピンで主に生息しており、身体は大きめ。ヨーロッパイエコオロギは西南アジアで主に生息しており、身体は小さめです。ちなみに日本でよく見かける種類はエンマコオロギになります。ハウス内には衣装ケースが置かれ、その中に2種類のコオロギが入っています。福島県の専用施設だけで約150ケース。卵の状態で3000~5000個が1ケースに入っていますが、生育の段階で共喰いするため、回収できるのは800~1000匹だそうです。
「なるべく共喰いを抑えるため、養殖魚用の餌などタンパク質含有量の高い餌を与えています。体が小さいコオロギは、食べたものの影響を受けやすいという特徴があります。食の安全性を考慮し、餌とハウスの衛生管理を徹底。クリーンな環境で育ったコオロギの方が安全であるといえるからです。また、食用のコオロギは生産時の衛生基準や、輸出入時の基準が法律で定められていません。そのため、人が食べてもトラブルがないように、一定以上の管理基準とモラルが必要とされます。当社で養殖しているコオロギは、食用として出荷するものについては大腸菌などの菌検査のほか、従事者の体調検査を必ず行っています」
そもそも、他の昆虫ではなく、どうしてコオロギだったのでしょうか。
「コオロギはタンパク質が豊富で、スポーツ用プロテインに匹敵します。また、弊社で養殖をしているコオロギは休眠期がなく1年中飼育が可能なうえ、雑食で育てやすく、35~40日で成虫になるなど、生育スピードが早いことも利点です。また味も海老などの甲殻類に近く、食べやすい点もあげられます」
ラーメンやビールなどいろいろな食品や飲料に利用
養殖されたコオロギの出荷形態は、生体、生冷凍、乾燥体、乾燥冷凍とさまざま。それらをどう利用するかはユーザー次第だと言います。例えば、昆虫食専門レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」(東京都中央区)では、コオロギに限らず、さまざまな昆虫を使った料理が食べられますが、名物になっているのが「コオロギラーメン」。煮干しラーメンで人気の「ラーメン凪」との共同開発による一品で、2種類のコオロギでとった出汁をブレンドしたスープはもちろん、大豆を使わずにコオロギを発酵させてつくった「コオロギ醤油」、特製の「コオロギ香味油」、さらには粉末コオロギを練り込んだ「コオロギ練り込み麺」と、コオロギの魅力を余すところなく表現。1杯に100匹を超えるコオロギを使っているそうです。
一方、遠野醸造(岩手県遠野市)では、前述のANTCICADAとともに、コオロギを原料にした「コオロギビール」を製造、販売。昆虫食専門ショップ「昆虫食のTAKEO」や、太陽グリーンエナジーのECサイト「TAIYO Green Farm Cricket」では、食用のコオロギを購入することができます。そのほかにも、煮干しや菓子などさまざまな製品に利用されています。
こうした取り組みが注目され、近年は、製粉メーカーや調味料メーカー、製麺系メーカーなど多くの企業から、コオロギを使った新製品を検討したいという申し出が舞い込んでいるそうです。
コオロギ養殖の課題と今後の展望
「安定的に大量のコオロギを生産できる体制を作ることが喫緊の課題です。そのため現在では、空間上の表面積を大きくする飼育方法の検討、高密度飼育に伴い発生する排泄物を含む有害物質の除去方法の検討、コオロギ自体の改良、コオロギを利用したエコロジー活動などを検討しています」。注目を浴びているが故の課題も出てきたと荒神さん。
先に述べたように、コオロギは栄養素が不足すると共喰いをはじめ、収穫量が減ってしまいます。餌だけでなく、光を当てると物陰に隠れる習性を利用した共喰い対策なども早々に取ったそうです。確かに、一般的にはまだ昆虫食に対して抵抗はあるかもしれません。ですが、世界的な昆虫食市場の拡大に後押しされ、反響が徐々に大きくなっているのも確かです。
「日本人は入り口が狭く、保守的な反面、一旦受け入れてしまえば、大きく広がるのではと考えています。今後、さらに販路が拡大することを見越しているため、まず目指すのは、量を増やすこと。現在、年間1トン前後である生産量を月1トンにまで増量することを短いタームの目標に設定しています。その上で、最終的に追求するのはやはり“味”です。量とともに“美味しいコオロギ”を目指したいと考えています」
ビジネスの本質は“課題解決”にある
そもそも食糧事業について、グループではどういった考えを持っていたのでしょうか。太陽ホールディングス・社長室の安藤康正さんに話を聞きました。
「社会に必要とされる事業を作ることがビジネスの基本であると考えています。そのためには、課題をあげ、一つ一つ解決していかなければなりません。社会課題を解決していくことで、事業として成り立ち、会社の柱になっていくという考え方です」
「そこで人類共通の課題であり、これまで培った化学分野の知見を活かしつつ、かつグローバルに展開できる、“食糧”“エネルギー”“医療・医薬品”の分野に新規事業として取り組んでいます。中でも“食糧”分野については、世界的に人口が増加し続けていることから、これから直面するであろう食糧問題の解決のために、世界規模で必要とされる事業だと捉えています」
地域と共に魅力ある町づくりにも貢献
このように、もともと太陽ホールディングスは、社会的に必要とされるかどうかを、事業を営む上で一番の拠り所としていたそうです。例えば、SDGsとリンクする取り組みの一部が以下です。
<2 飢餓をゼロに>
・昆虫養殖により将来起こりうる食糧不足への対応
・子ども食堂(武蔵嵐山駅前の自社が経営する食堂で地域の子供たちに食事の提供)
<3 すべての人に健康と福祉を>
・医薬品の製造・開発を通じて人々の健康に貢献
・アフリカヘルスケアファンドへの出資を通じてアフリカ経済の発展及び健康への貢献
<7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに>
・自然エネルギーによる発電及び電気の供給により持続可能社会への貢献
・電気使用量削減の取り組み(省エネ機器への更新等)
<9 産業と技術確認の基盤をつくろう>
・高付加価値の電子部品用化学材料の開発・製造等の技術革新
・「みちびき」により農作業の効率化や生産性向上に貢献
<11 住み続けられるまちづくりを>
・2018年9月に埼玉県嵐山町と「地方創生に係る包括連携協定」を締結
「日本の製造業は地域とともに発展してきました。製造業として工場を構える当社も、そこで働きたいと思うような魅力ある町づくりを、地域と一体となり推進する必要があります。本社の所在地である嵐山町(埼玉県)では、嵐山渓谷周辺の自然保全活動としての植林や、里山の整備、小・中学校の自然環境学習の一環として行われている国蝶オオムラサキの観察・保全活動に対する支援など、さまざまな活動を行っています」(安藤さん)
「このように、従業員のみならず、地域の方がよりよく暮らせるまちづくりの一翼を担えるよう、コミュニティの一員としてできることを考え、取り組んできました」
“出来ることから始めよう”をコンセプトに
もちろん、本業であるソルダーレジストの生産においても、社会課題の一つである環境負荷の低減に取り組んできました。多くのレジストインキは緑色を基調としていますが、1980年代以前の製品は緑色を発色させる際に有害物質を含んだ顔料が使用されていました。同社は有害物質を使用しない青色顔料と黄色顔料を混合して緑色に発色させる製品を開発し、1999年には製品化を実現。2000年には、国内工場においてISO14001を認証取得し、その後もグループ各社に展開しています。また、脱炭素化に向けた自然環境にやさしい再生可能エネルギーの普及促進なども取り組んでいます。国内のエレクトロニクス事業に係る消費電力相当を自社で発電することを可能にし、太陽インキ製造は、2018年よりAppleのクリーンエネルギープログラムのサプライヤーに認定されています。
「SDGsへの取り組みは、当社が社会からより必要とされる企業となるために重要なことだと考えます。また、当社の目指すところと、SDGsの指標の中に合致する部分は多いと思っています。『9産業と技術革新の基盤をつくろう』は特に私たちの原点であり、経営理念とも近い考え方です。当社はかねてより、地球規模の環境問題に“出来ることから始めよう”というコンセプトで、事業を通じて実現できることをベースに取り組んできました。SDGsという枠組みができたことで世界的な課題が明確になったので、引き続き我々も社会から求められる取り組みをできることから推進していきたいと考えています」