近年話題のビジネスワード「MaaS(マース)」。フィンランドで生まれた「モビリティ・アズ・ア・サービス」の略で、来たる未来、あらゆる「移動」をシームレスに繋ぐサービスのことを指します。飛行機、鉄道、バス、タクシーなどだけでなく、クルマや自転車も含めたモビリティサービス全てに影響を及ぼすことが考えられ、「100年に一度の交通改革」といった声もあります。
モビリティに関わる各企業が、MaaSの実証実験を行っている今ですが、直接的なモビリティ関連業態でないながらも、MaaSに積極的に乗り出しているのが大手不動産会社の三井不動産です。確かにモビリティの変革が起きることで、街の構造にも大きな影響があることはフワッと想像つきますが、具体的な中身や見立ては、その道のプロでないと語れないのも事実です。
というわけで今回は、三井不動産のビジネスイノベーション推進部主事の門川正徳さんに「MaaSと不動産」、そして現在行っている実証実験の中身について話を聞きました。
これまで価値が薄かったエリアも、新たな価値を創出できる可能性がある
ーー不動産会社がMaaSの実証実験を行っていることが正直意外でした。MaaSの導入によって、街にも影響があることは想像できますが、三井不動産が、積極的に実証実験を行っている理由をお聞かせください。
門川正徳さん(以下、門川) 自宅から目的地までの行き方がよくわからない、目的地までの交通の便が悪く行きにくいと感じたことはありませんか? 特にバスや自転車など複数の交通手段を使う場合や、鉄道の通っていない地域に行く際にそのような経験をされたことが少なからずあるのではないでしょうか。
MaaSはまさにそのようなペインを解決する手段になり得ると考えています。スマホなどの端末を使い、複数の交通手段を組み合わせてルートの検索を行って、「どれを使って動けば最も効率が良いか」「どれが自分に向いているか」など自分の好みに応じて選択でき、さらに必要な予約や決済までをシームレスに行うことができます。
これを不動産会社の視点で見ると、MaaSをうまく使いこなすことによって、従来では利便性の問題で開発できていなかった土地・地域であっても、新たな価値を見出すことができるのではないかという期待を持っています。そこで弊社は、MaaSを導入することによる様々な効果を検証すべく、2020年から積極的に「不動産×MaaS」の実証実験に取り組んでいます。
都市近郊型、都心型、準都心型それぞれによって違うモビリティの使い方
ーーそういった理由から不動産会社としてもMaaSの実証実験を行っているわけですが、そこで導入したのがフィンランドのMaaS Global社による「Whim(ウィム)」というアプリ。これを使えば、目的地までの検索、予約、決済そして実際にモビリティに乗車するところまでを1つのアプリでシームレスに行うことができますよね。
門川 はい。日本でWhimを使って実証実験を行うにあたり、様々な部分を日本仕様として開発する必要がありました。しかし、今回の実証実験では、本国フィンランドのようにMaaSを月額定額制(サブスクリプション)のサービスとして提供し、ユーザーは複数の交通サービスを横断的に利用することができます。
門川 また、この「Whim」の実証実験は三井不動産グループ保有のマンション入居者の方を対象にしたもので、柏の葉(千葉県)、日本橋(東京都)、豊洲(東京都)で行っています。このマンションのうち、設置可能な物件では実証会員専用のモビリティとしてカーシェアとシェアサイクルを設置しまして、これらを自己保有のモビリティ感覚で利用いただいています。
ーーなぜ、柏の葉、日本橋、豊洲の3か所から始めたのでしょうか。
門川 各都市を都市近郊型(=柏の葉)、都心型(=日本橋)、準都心型(=豊洲)と位置づけ、違いを見ることでそれぞれが求めるサービス要件の検討をしたいと考えたからです。実際、各エリアでは使われ方に特徴が出ました。柏の葉はそもそも自動車移動をされる方が多く、カーシェアは非常によく使っていただきました。一方、日本橋ではカーシェアの利用はそこそこだった代わりに、タクシーの利用が多かったです。豊洲では柏の葉と日本橋の中間的な使われ方でした。
また、実証実験に参加いただいた方からは「行動範囲が広がって行先の選択肢が増えた」といった声や、「降りたことのなかったバス停で下車して散策した」などの声が寄せられ、MaaSに期待していた効果を各地で実感しています。
“シームレスな移動”の先にある提供価値に主眼を置いている
ーー「Whim」には不動産会社ならではのサービスや機能もありますか?
門川 三井不動産の考えるMaaSは、移動をスムーズにすることも含まれますが、それはあくまでも手段だと考えています。MaaSは「不動産ユーザー起点」で移動の先に何が望まれているのかをとらえてサービスを開発していきたいと考えています。三井不動産の基本的なMaaSのコンセプトは以下のような特徴があります。
○地域個別サービス提供
○ライフスタイルの創出
○個人にとって最適な移動の実現
門川 まず「地域個別サービス提供」というのは、地域ごとにカスタマイズをして最適なMaaSを提供するというものです。実証実験の結果が示しているように、地域ごとにモビリティの使われ方が異なります。さらに言うと、物件の立地や周辺環境によっても求められるものは当然変わってくるので、そのエリアのユーザーにとって価値の高いサービスを提供していきたいと思っています。
続いて「ライフスタイルの創出」は、商業施設などと連携したイベントをはじめとして、お客様に興味関心を持っていただけるような提案を行い、積極的にお客様のライフスタイルにかかわっていくというものです。
こうしてお客様が「あそこに行きたい!」と思っていただいた際には、お客様ごとに適した移動を提供するものが「個人最適な移動の実現」ということになります。
まとめますと、三井不動産のMaaSは、「魅力的なサービスを享受いただくためにシームレスな移動をセットで提供し、顧客体験価値(満足度)を高める」ことを目指しているということになります。
不動産目線でのMaaSは「街の価値を高められるもの」
ーーまた、MaaSによる変革が本格化した降には、街の構造自体が変わるのではないかという見立てもあります。特にオフィス街、商業エリアにはどういった変化が起こると予測されていますか?
門川 まずオフィスにかかわるトレンドで注目しているのはABWです。ABWとは「アクティビティ・ベースド・ワーキング」の略で、コロナ禍によって従来のように決まった1か所のオフィスで働くのではなく、自宅やカフェなど「自分の好きな場所」で働くことが当たり前になりつつありますよね。また、こういったリモートワークが浸透したこともあり、「定期券代を支給しない」といった会社もすでに出始めています。
今後は働く人自らが意思を持って働く場所を選び、自らの意思で移動費を捻出するという時代が来るのではないかと思っています。このようなオフィスワーカーに向けて、環境の変化に合うサービスを提供していきたいと考えています。
そして、商業に関しましては、やはりコロナ禍での外出自粛の影響で、リアルでのショッピングの機会は減り、逆にECサイトなどを通じたショッピングが大いに盛り上がっているのが現状です。しかし、その一方で、アフターコロナでは「リアルでしか得られない価値」も改めて見直されると見ています。
この「リアルでしか得られない価値」は、例えるなら「セレンディピティ―偶然の出会い」。何かを買いに行ったけれど、その隣に売られていた商品も魅力的に映ったり、その場でしか見られなかった予期せぬ出会いがあったりといった価値は色あせないし、リアルではより求められていくものと思っています。こういった商業エリアならではのリアルな接点の創出も、MaaSを活用していくべき領域だと思っています。
ーーこういったオフィス街、商業エリアならではのサービスも、MaaSを通して今後行なっていくということでしょうか。
門川 まだオフィス街や商業施設での実証実験はやっておりませんし、我々の方針自体もしっかり定まっているわけではないのですが、今後取り組んでいきたいと思っています。
MaaSは今、様々な業界・企業が注目しています。三井不動産がMaaSで提供したい価値をご説明しましたが、単に「移動のシームレス化」という価値だけでなく、業界・企業ごとに異なる各社の提供価値を考えられていると思います。私どもとしても、MaaSを通してどのような価値が提供できるかを探り、多くの方々に満足していただけるようなサービスを今後も提案していきます。
モビリティ関連企業だけでなく、三井不動産のような不動産会社はもちろん、他業態でもMaaSを契機にした新しい取り組みを打ち出す企業はこれからも出てくるかもしれないと思いました。今後もMaaSに関連した新しい取り組みを、順次紹介していきたいと思っていますので、ぜひ注目ください!
【フォトギャラリー(画像をタップすると閲覧できます)】