男性も育児に参加するのが当たり前な社会を目指している日本。父親になる人は「パパスイッチ」をできるだけ早くオンにすることが期待されていますが、海外の男性はどんな意識や価値観を持って、父親として生きているのでしょうか? 主に、パパが育児や仕事をもっと楽しむためのヒントを探るため、本稿では、OECD(経済協力開発機構)の「子育てしやすい国ランキング2020」で1位に選ばれているアイスランドを、社会と文化の観点から見てみます。
世界一子育てしやすい社会
アイスランドが子育てしやすい国として評価される大きな理由には、金銭面での負担が一切ないことが挙げられます。子どもを産むために発生する通院費や出産費、入院費は無料で、出産トラブルなどで延長した場合の入院費も0円。国内に6か月以上住んでいれば自動的に社会保険制度のメンバーになれるため、出産後も、0歳から18歳までの子どもは歯科治療を含む医療を、原則無料で受けることができます。
その分、国民一人一人が納める税率は高く、消費税は24%ですが、多く納められた税金は出産や子育て、学費などの費用としても運用されています。大学までの授業料は基本的にすべて税金で賄われ、無料で通うことができます。教育機関の98%は地方自治体運営のため、国の支援を受けやすい環境になっており、誰もが平等に教育を受けることができるのです。
唯一、未就学児などの保育料は月に約4万円かかりますが、アイスランドの物価は日本の2〜3倍で、給料の平均値がおよそ50万円ということを考えれば妥当な相場といえるでしょう。
アイスランドの育児のしやすさは、国が推進する働き方改革も関係しています。1975年に男女平等を求めて女性市民の9割以上が大規模なストライキとデモを行ったことが、国を挙げて女性の社会進出を進めるきっかけになりました。2010年には男女平等社会を実践するためにクォーター制度が導入され、職場では男女比率が同じになるように人数などが設定されています。
男性も女性も平等に3か月ずつ育休が取得できるうえ、それとは別にもう3か月間、父親か母親のどちらかが育休を取得することができます。育休を取得しても、それがブランクになることはなく、男性の育休取得率も80%を超えるなど、パパ・ママにとって育休の取得は当たり前。育休は親が子どもと過ごす権利として保障されているため、勤務先との間にトラブルが生じることもありません。また、男性も育児を当然のことだと思っているので、あまりストレスは感じないようです。
雇用では正社員と非正社員の区別がなく、さらに経験年数や学歴ではなく、仕事の内容や労働時間に応じて給料が決まるため、転職にもデメリットがありません。また、労働時間や休日を自由に選べるので、自分の時間を多く作れるなど、働きやすい環境が整っています。
同性婚を認めているアイスランドは、世界初の同性婚首相が生まれた国でもありますが、家事についても「男だから、女だから」という理由で押し付けることはなく、一人の人間として、それぞれが得意なことをしています。日本と同じように役割分担は存在し、夫婦で話し合って決めています。
ほとんどの男性は料理ができますが、やはり女性のほうが料理を好きな人が多い傾向にあるため、ママが料理をつくり、パパは洗濯や掃除、保育園の送り迎えなどをするのが一般的なパターンといえるでしょう。しかし、男性でも育休取得がしやすく、家事や育児に携わるのが当たり前だからこそ、男性も「家事が特別大変なもの」とは感じていないようです。
仕事よりも自分が大事
アイスランドの父親たちは子どものための時間や責任感は持ちつつも、自分のことも大切にしています。仕事にはほどほどの時間を割いて従事し、辞めたいときには躊躇なく転職する。このような人が多く存在し、社会もそれを認めています。
その背景には、アイスランドでは性別や年齢の違いで行動を制限されることがなく、みんながお互いを“一人の人間”として尊重することが挙げられるでしょう。この国は個人の自由を重視するため、国民一人ひとりが自分の人生を自由に生きることができるのです。他人の人生を否定する風潮はありません。
例えば、自分の興味がある分野を学び続けるために、大学に在籍する期間を延長し、30歳過ぎまで学生でいる人は少なくありません。学費はある程度税金で賄われるのですが、それでも余裕のない人は、学費が不足したら休学したり、いったん退学して学費を稼いで大学に戻ったりしています。
また、労働時間や休日を自由に選べることから、趣味や遊ぶための時間をたくさん作ることもできます。庭に小屋を建てたり、ジャグジー風呂を近所の人と協力して作ったり。アイスランドは土地が広く、大自然が広がるため、SUVや馬に乗って、大草原を駆け回るパパたちの姿も多く見られます。アイスランドの父親は自分が楽しんだり、リフレッシュしたりできる環境を自ら作り、家族も自ずと一緒に楽しんでいます。
このように、アイスランドでは国の援助や方針のおかげで、人生の選択肢が多く、人々が生きやすい社会となっています。しかも、個人主義を尊重しているとはいえ、困ったら助けてもらえる社会制度があるからこそ心に余裕が生まれ、仕事にも子育てにも責任を持って取り組める環境が生み出されているのです。
一方、アイスランドには、市の認可を受けた「ダグマンマ」と呼ばれるデイケアセンターがあり、母親たちはそこに子どもを預けて自分の時間を過ごしたり、仕事をしたりしています。父親が率先して育児に携わる社会でもあるため、母親も自分の時間を確保しやすく、ジムに通ったり、趣味のお菓子作りをしたりして、自分の時間を楽しんでいます。
アイスランドには、日本で一番人口が少ない鳥取県の半分にも満たない約35万人しか住んでいません。人口密度が非常に低く、手つかずの自然が多く残っています。また、火山活動が活発なため、温泉が多く、これは古くから人々の生活の一部となっていました。夏は真夜中でも太陽が沈まない白夜となり、冬には夜空をオーロラが舞います。
こういった豊富な大自然に囲まれ、アイスランドの人たちには自然とハイキングやキャンプ、ドライブなどのアウトドアを好む傾向があります。アイスランド人にとって、自然とは日常的に楽しめて心を癒してくれる憩いの場なのです。子育てにおいても、家族でハイキングしたり、岩肌でかくれんぼしたり、温泉に浸かったりして過ごしています。
アイスランドの人たちは一般的に、2週間から1か月間の長期休暇を取り、ヨーロッパを旅行したり、日焼けをするためにアフリカの島でバカンスを楽しんだりしています。学費が大学まで無料なので、その分、アイスランド人は金銭的に余裕があるうえ、養育費を家族旅行などの娯楽に費やす傾向があるようです。しかし、常に親が子どもと一緒に時間を過ごすわけではなく、学校が長い休みに入るときには子どもだけで祖父母の家に行って休暇を過ごすこともあり、その間、親は仕事をしながら自分たちのやりたいことをして時間を過ごしています。
まとめ
本稿では、先進国で最も子育てがしやすい国に選ばれたアイスランドの社会と文化を見てきました。日本とアイスランドでは国家の規模も制度的にも異なる部分がいろいろとありますが、アイスランドの子育て事情を考えるうえで、「自分のことを大切にする」という価値観は特に重要でしょう。自分を大事にすることが、育児や家庭を疎かにすることにはなっておらず、むしろ、それができなきゃパパとして失格、のようにも見えます。日本のパパも、このような個人主義の良い面を自分なりに取り入れたら、日常生活がもっと楽しくなるかもしれません。