書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
万年赤字状態の銚子電鉄
こんにちは、書評家の卯月鮎です。若いころ、貧乏生活をしていたというのはよく聞く話。私もご多分にもれず、フリーになったばかりのときは、小ネギの根っこを再生産してはそれをちょっぴりカットしてパスタにのせて、醤油で食べていました(笑)。素パスタは友人に話すとドン引きされますが、意外と美味しかったです。
個人の苦労話はそこらへんに転がっていても、企業の極貧エピソードがおおっぴらに語られるのはかなりレアかもしれません。
今回の新書『廃線寸前! 銚子電鉄 “超極貧”赤字電鉄の底力』(寺井広樹・著、交通新聞社新書)は、万年赤字で、古いレール、線路の石ころ、枕木用の釘……と売れるものは何でも売る銚子電鉄の哀しくも笑えるサバイバル術が語られます。
著者の寺井さんは『企画はひっくり返すだけ!』『人生の大切なことに気づく 奇跡の物語』など著作多数の文筆家。銚子電鉄の「お化け屋敷電車」「まずい棒」の企画プロデュースも手がけています。
寺井さんが縁もゆかりもなかった銚子電鉄と関わるようになったきっかけは、執筆した『ありがとう』という本。銚子電鉄の外川駅がネーミングライツで「ありがとう駅」になったため、「本を置かせてもらったらどうか」と寺井さんのお父さんから提案があり、連絡したのがなれそめというから素敵なエピソードです。
「まずい棒」企画者が銚子電鉄を語る
第1章は「銚子電鉄の『まずい』通史」。銚子電鉄は1923年(大正12年)に開通し、全長6.4km、終点まで19分の短さです。バス会社との競争に敗れ、慢性的な赤字状態。それでも地元住民に必要な路線ということで、現在も涙ぐましい努力を続けています。
力を入れているのが副業。1970年代には当時流行していた『およげ!たいやきくん』にあやかって、たい焼きの製造販売を始め人気に。そして1995年には、今や銚子電鉄の代名詞ともなった「ぬれ煎餅」の製造販売が始まります。鉄道部門1億円の売上に対し、「ぬれ煎餅」の売上はなんと2億円にのぼったとか!
その結果、企業情報データベースの帝国データバンクには、「鉄道会社」ではなく「米菓製造業」として登録されているそうです。売上的には煎餅店が、副業として鉄道を経営している状態ですね(笑)。
第2章「あきらめない『竹本勝紀』という人物」では、銚子電鉄の名物社長・竹本勝紀さんの経営哲学とへこたれない秘密に迫ります。竹本さんはもともと銚子電鉄の顧問税理士でしたが、2012年、東日本大震災に端を発した経営危機の際に断り切れず社長に就任。以来、「絶対にあきらめない」という信念で数々の自虐的な商品・企画を打ち出してきました。
鯖のほぐし身を使ったスパイシーなカレー「鯖威張る(サバイバル)カレー」、和風ケーキ「おとうさんのぼうし」(“倒産防止”)、「金欠鬼vs貧乏神」がコンセプトの「銚電マンシール」……。
3年前、SNSでバズった銚子電鉄の自虐商品といえば「まずい棒」。この企画をプロデュースしたのが本書の著者・寺井さん。“経営がまずいから”という理由で作り出された「まずい棒」の開発秘話も本書の読みどころ。
寺井さんと竹本社長が、本家「○まい棒」のY社さんに何度も電話をかけ、訪問して、最終的には「黙認」という形で許可をもらえたエピソードも明かされています。
自虐とユーモアに満ちた銚子電鉄の不屈の歴史が読みやすくまとまっていて、なんだか自然と前向きになれる一冊。ビジネス書としても成功につながるヒントが盛りだくさんです。今日も銚子電鉄は走り続けているんですね。
【書籍紹介】
廃線寸前!銚子電鉄”超極貧”赤字鉄道の底力
著者:寺井広樹
発行:交通新聞社
「経営がまずい」ので販売した「まずい棒」のほか、線路の石でも犬釘栓抜きでもなんでも売って、自虐的“超C”級映画『電車を止めるな!』を本気で制作! 銚子電鉄は、経営を改善すべく突飛なアイデアやイベントをどんどん仕掛けてきた。その「絶対にあきらめない」勇姿とチャレンジの数々を、「まずい棒」を考案した寺井広樹が紹介。
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廃線寸前! 銚子電鉄 “超極貧”赤字電鉄の底力
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。