書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
死とは何かを問う生物学入門
「もう早くお迎えが来てほしいわ……」と常々ぼやいている友人の母は、テレビでちょっとでも「健康にいい!」と紹介されると、黒酢でもヨーグルトでもモロヘイヤでも嬉々として買ってくるのだとか。まあ、多かれ少なかれ誰にでもそういうところはありますよね(笑)。
“死”はあらゆる生物に必ず訪れます。では、死に意味はあるのでしょうか? 生物学的に見て死の役割とは? そんなテーマを掲げた新書が『生物はなぜ死ぬのか』(小林武彦・著/講談社・刊)。読み終わると死生観がちょっとだけ変わるかもしれません。
著者は東京大学定量生命科学研究所教授で細胞老化などを研究する小林武彦さん。生命の連続性を支えるゲノムの再生(若返り)機構を解明するため、日夜研究に取り組んでいます。
実は小林さんは天文学者になりたいと思ったことが何度かあるとか。というわけで、この本はビッグバンの話題から始まり、生命が誕生し現在に至るまでの進化の歴史や細胞の役割など、遺伝子に組み込まれた死の秘密に迫ります。
生命が誕生したのは奇跡!
第1章は「そもそも生物はなぜ誕生したのか」。ドロドロに溶けた地球表面が何億年もかかって冷え、核酸(RNA)、タンパク質、脂質など細胞の材料となる物質が蓄積されていきました。やがてRNAとタンパク質が塊(液滴)を作り、化学反応の末に自己複製する「袋」ができて最初の細胞が誕生する……。
その確率は「25メートルプールにバラバラに分解した腕時計の部品を沈め、グルグルかき混ぜていたら自然に腕時計が完成し、しかも動き出す確率に等しい」とか。ジャンボ宝くじの当選なんて目じゃない、とんでもない奇跡の上に私たちは成り立っているんですね。
この後の章では、生物の生と死にまつわる驚きのトピックスが次々と紹介されていきます。たとえばベニクラゲという体長1cmほどのクラゲは、なんと若返る! 子どもから大人になったあと、また子どもの体になるなんてどこかの名探偵のようですが(笑)、ベニクラゲは成体になったあと、生育環境が悪くなると「ポリプ」と呼ばれる幼体に戻るのだとか! これを繰り返せば理論上寿命はないことになります。
また、アフリカの乾燥した地域で穴を掘り暮らすハダカデバネズミは、がんにならないネズミ。小型のネズミながらハツカネズミの10倍以上の約30年を生きます。その理由は体温が低く、食べる量が少なくて済む省エネ体質だから。
エネルギーを生み出すときに生じる老化促進物質の活性酸素が少ないため、細胞の機能が正常に維持されます。しかも、ハダカデバネズミの皮膚には弾力性をもたらすヒアルロン酸が大量に含まれています。このヒアルロン酸に抗がん作用があることが最近の研究で判明しているそうです。
過去5回あった種の大量絶滅は何を引き起こしたか? 若返り薬の実現の可能性は? なぜヒトだけが死を恐れるのか? 死の概念がないAIの問題点は? など興味深い話題が盛りだくさん。
専門的な内容ながら、思わず人に話したくなるような雑学が多く、教授のざっくばらんな雑談といった親しみやすさが魅力です。死があることで地球上の生物全体が進化する。「生き物は利己的に偶然生まれ、公共的に死んでいく」。生命の進化とは深いですね。
【書籍紹介】
生物はなぜ死ぬのか
著者:小林武彦
発行:講談社
死生観が一変する現代人のための生物学入門!遺伝子に組み込まれた「死のプログラム」とは?
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。