夏が近づいてくると、雷が増えます。気象庁の発表によると、2005年〜2017年の間に日本で報告された落雷は1540件。月別にみると7月と8月に集中していて、8月には全体の約3割の落雷が起きています。そんな雷は人や住宅などに被害をもたらすことがありますが、その反面、空気を浄化する働きがあるかもしれないことが判明しました。
米国・ペンシルベニア州立大学で気象学を研究するウィリアム・H・ブルーン特別栄誉教授は、雷や稲妻が大気にどのような化学変化を及ぼすのかを調べるため、2012年にコロラド州とオクラホマ州上空を飛行した航空機からデータを回収し、調査しました。データを見ると、雲の中に大量の「OH(ヒドロキシラジカル)」と「HO2(ヒドロペルオキシルラジカル)」の存在を示すシグナルがありましたが、ブルーン氏は当初これらを回収機器のノイズだと思い、いったんすべて除去していました。
しかし、いまから数年前、ブルーン氏が再びそのデータを確認したところ、機械のノイズではなく、確かに「OH」と「HO2」であることが判明。改めて、これらが稲妻や肉眼で見えない放電によって生まれた物質であるかどうかを大学院生らと調べたところ、雷の中で生成されていることが明らかとなったのです。データを回収した雲には肉眼で見える雷はなかったのですが、目に見えない稲妻でも、これらの物質が生成されていることが確認されました。
雷の電圧は、200万ボルトから2億ボルトにもなると言われています。一般家庭の電圧は100ボルトですから、最大でその200万倍以上になります。その巨大なエネルギーは、大気中にある窒素や酸素の分子を分解させ、OHとHO2などのラジカル(不安定で反応しやすい性質の分子や原子のこと)を生成します。これまでにも、雷が水を分解してOHとHO2 を生成することはわかっていましたが、雲の中でこの生成プロセスが観察されたことはありませんでした。
OHには大気中の成分を変化させる力があり、メタンのような温室効果ガスの除去に役立つことが知られています。HO2も大気の酸化力を調整する物質の一つであるため、これらは温室効果ガスにもなんらかの影響を与えているのかもしれません。しかし、雷の多くは熱帯地域で発生しており、今回使用したアメリカ上空の航空機のデータとは物質の構成が地域によって異なると考えられます。そのような理由で、雷によるOHとHO2の生成と温室効果ガスへの影響についてはさらなる研究が必要だ、とブルーン氏は述べています。
古代では霊力があるなどと、人々に恐れられていた雷の存在。その中でさまざまな化学反応が起きているとわかると、自然の偉大さや目に見えない力をさらに感じますが、雷の空気浄化作用は今後どのように解明されていくのでしょうか? 目が離せません。
【出典】W. H. Brune., et al. (2021). Extreme oxidant amounts produced by lightning in storm clouds. Science, 372(6543), 711-715. DOI: 10.1126/science.abg0492