僕は、子どものころにシャーロック・ホームズにはまり、それから推理小説を読みまくっていた。アガサ・クリスティ、エラリー・クィーンはおそらくほとんどの作品を読んだと思う。ただ、なぜか日本の推理小説はあまり読んだ記憶がない。おそらく中学生くらいから赤川次郎が好きになり、推理小説以外のジャンルも読むようになったからだろう(赤川次郎にも推理ものはたくさんあるのでそれは読んでいた)。
その後は児童文学や日本の純文学などを読むようになったので、純粋な推理小説からはかなり離れてしまった。たまにシャーロック・ホームズを読み返したり、横溝正史をぶっ続けで読んだりしたくらいだ。
そういえば、昔から気になっていた作品があった。松本清張の『点と線』(松本清張・著/文藝春秋・刊)だ。舞台は昭和30年代。連載が開始されたのが1957年(昭和32年)。もちろん僕は生まれていない。日本の推理小説の名作と言われておりその内容はうっすら知っていたのもの、ちゃんと読んだことがない。そこで『点と線』を読んでみることにした。
時刻表ミステリーの傑作
推理小説ということで、あまり深く内容を記すことはしないが、簡単に言うと時刻表ミステリーの部類に入る。当時は新幹線がまだなく、飛行機も一般的ではなかった時代。福岡で起きた心中事件の謎を、警察が解き明かしていく。
事件解決の鍵となるのが、東京駅での空白の4分間。この「四分間の目撃者」は、推理小説ファンなら誰もが知るところだろう。非常によくできたトリックだ。
基本的には、容疑者のアリバイを崩していくスタイルの推理小説。東京、福岡、北海道と、日本全国を舞台としている。今読むと、昭和30年代の鉄道の様子なども知ることができて興味深い。
名作に時代は関係ない
この令和の時代に昭和の名作ミステリーを読んだ感想は、「名作に時代は関係ない」ということだった。
新幹線もなく、東京—福岡間が最速でも特急で17時間超。飛行機もあるにはあるが、一般的な乗り物ではない。今の交通事情とは全然異なるのだが、読んでいるときは自然と昭和30年代の日本に入り込んだような感覚になり、そのことに違和感を覚えない。
また、横溝正史の作品のように人が次々死んでいくこともなく、ただひたすら刑事たちが容疑者のアリバイを崩すために頭を悩まし、自分の脚で確かめるという感じで、一見すると地味だ。
ただ、逆にそれがいい。松本清張の筆力とでも言うべきか、とにかくテンポがいいし、余計なサイドストーリーもない。読みやすい文体で、一気に読めてしまう。そして、トリックも時刻表をつぶさに読み込んでいくもので、西村京太郎の時刻表ミステリーの原点のような感じだ。
一応長篇ミステリーとなっているが、4、5時間あれば読める分量。あまり気負わずに読める。エンターテインメントとして完璧だ。僕はそう感じた。なぜ『点と線』が名作と呼ばれているのか、分かった気がする。
ステイホームのお供に名作小説はいかが?
コロナ禍で家で過ごす時間が増えている。たまには古典の名作を読むというのもいいのではないだろうか。今は電子書籍で簡単に本が買える時代。ちょっと気になっていた小説を読んでみると、新しい発見があるかもしれない。
しかし、『点と線』を読んだら電車に乗ってどこか遠くへ行きたくなってしまった。早くそんな当たり前のことが楽しめるようになることを願いつつ、次は何の本を読もうか、インターネットの本棚を探すことにしよう。
【書籍紹介】
点と線
著者:松本清張
発行:文藝春秋
博多・香椎海岸で発見された、某省の課長補佐と料亭の女の死体。一見して疑いようのない心中事件と思われたが、その裏には汚職をめぐる恐るべきワナが隠されていた。時刻表を駆使した精緻なトリックと息をのむアリバイ崩し。著者の記念碑的作品となったトラベル・ミステリーが、風間完画伯の挿画入りであざやかによみがえる。