仕切り屋。ステージママ。鍋奉行。決して必要ではないリーダーシップを発揮し、周囲の人たちを巻き込んで、その場の時間も空気もすべて独占するようなふるまいをする人たちがいる。
ヒツジの皮をかぶったオオカミ
いや、ここでしたいのはそんなレベルの話じゃない。もっと深い部分で、相手が誰であっても自分の思い通りに動かそうとするやつらだ。ヒツジの皮をかぶったオオカミという表現は、男女関係に限ったものではない。根深い凶悪さや攻撃性を、いかにも穏やかな物腰や誰からも好かれるような態度に隠して近づいてくるやつら。この表現をタイトルにした翻訳本を紹介したい。
『他人を支配したがる人たち』(ジョージ・サイモン・著、秋山 勝・訳/草思社・刊)の原題は『IN SHEEP’S CLOTHING』という。著者のジョージ・サイモン氏は自らクリニックを経営し、人の心の攻撃性の問題に20年以上にわたって取り組んできた臨床心理学者。この本で取り扱うのは“マニピュレーター”(操作する者)だ。
人を追い詰め、その心を操り支配しようとする者—「マニピュレーター」は、聖書に書かれた「ヒツジの皮をまとうオオカミ」にじつによく似ている。人あたりもよく、うわべはとても穏やかなのだが、その素顔は悪知恵にあふれ、相手に対して容赦がない。ずる賢いうえに手口は巧妙、人の弱点につけこんでは抜け目なくたちまわり、支配的な立場をわがものにしている。
『他人を支配したがる人たち』より引用
こういう人たちは想像するよりはるかに多く、近くにいる。
あなたに向けられる静かな攻撃性
章立てを見てみよう。
プロローグ 誰も気づかない「攻撃性」
第1章 「攻撃性」と「隠された攻撃性」
第2章 勝つことへの執着
第3章 満たされない権力への渇望
第4章 虚言と誘惑への衝動
第5章 手段を択ばない戦い
第6章 壊れた良心
第7章 相手を虐げて関係を操作する
第8章 親を思いのままに操る子ども
第9章 人を操り支配する戦略と手法
第10章 相手との関係を改める
エピローグ 寛容社会にはびこる攻撃性
誰かの顔が思い浮かんでいるだろうか。こういうタイプの人間からは逃げられない。逃げようとすれば、さらに押し込まれるからだ。逃げられないなら、向き合っていくしかない。
本書で紹介するのは、マニピュレーターとされる人たちの人格をどのように把握するか、その新たな考え方だ。ここで示されている考え方にしたがってもらえるのなら、これまでの手法よりもさらに的確にこうした人たちの特徴を把握し、より正確に相手の行動を見極めることができるようになるだろう。
『他人を支配したがる人たち』より引用
リアルで残酷なケーススタディー
著者は、マニピュレーターの本質を「潜在的攻撃性パーソナリティー」という言葉で形容する。ヒツジの皮をかぶったオオカミとは、どのように関わり合っていけばいいのか。各章に具体的な事例が示され、章のテーマに沿ったケーススタディーのように話が進められる。マニピュレーターはどこにでもいる。職場や学校、近所、通っているジム、さらには家庭。彼らは場所を選ばずに現れる。
ケーススタディーで紹介される実例は、どれもリアルで残酷だ。ここでひとつひとつを紹介できるだけのスペースはないが、すべてを貫くテーマのようなものが感じられる。現場に立ち続けてきた臨床心理学者である著者の言葉を借りれば、マニピュレーターというパーソナリティー障害は、古典的な精神分析の手法を用いて理解しようとしてもまったく役に立たない。普通の人間とは違う、異質の存在なのだ。
彼らの場合、その目的は感情的な痛みや罪悪感、あるいは羞恥心から自分を守るためでもなければ、それによって恐れている事態が起こるのを未然に防いでいるわけでもない。それどころか、彼らがこうした行為におよぶのは、望みの事態を確実に引き起こしたり、あるいは人を支配してコントールしたりするのが本当のねらいなのである。
『他人を支配したがる人たち』より引用』
これはもう、サイコパスに近いかもしれない。
ヤバいやつらはすぐ近くにいる
いかにも人あたりがよい人。笑顔が爽やかすぎる人。誰に対しても親身になって接する人。気を付けよう。ヒツジの皮の部分だけ見ていたら、いつの間にか意のままに操られてしまう。そしてそういう関係は、一度構築されたら元通りにするのはきわめて困難だ。
少し前、友人を装って近づいてきて実害を与える“フレネミー”という言葉をよく見かけた。マニピュレーターは、フレネミー質をさらにこじらせたタイプなのかもしれない。ヤバいやつらは、すぐ近くにいる。現代社会ならではのライフハックに不可欠な知識を与えてくれるこの一冊で、正しく武装しよう。
【書籍紹介】
他人を支配したがる人たち
著者:ジョージ・サイモン
刊行:草思社
なぜかあの人には逆らえず、いつも言いなりになってしまう…。それは他人を操って支配する「マニピュレーター」かもしれない。ふだんは優しさの仮面をかぶり、時に激情的にふるまい、人を攻撃し、あるいは甘い言葉で丸めこむ。罪の意識を持たず、自分を通すためには手段を選ばない。理不尽な彼らの行動になぜ毅然と逆らうことができないのか? 誰にもわかってもらえない「心の暴力」の正体をとらえ、自分の身を守るすべを臨床心理学者が教える。