こんにちは、書評家の卯月 鮎です。40代にとって懐かしいものはいろいろあります。ゲーム&ウオッチにファミコン、キン消しにミニ四駆……。中でも私の記憶に刻まれているのが「ビックリマンチョコ」です。ロッテのウエハースチョコのおまけに付いてくるシールが、80年代末に子どもたちの間で大ブームとなりました。私はお小遣いが少なくてたまにしか買えず、シールを束で持っている子を見ては指をくわえていたものです(笑)。
シールがひときわ輝いていた時代
今回の『物語消費論 「ビックリマン」の神話学』(大塚 英志・著/星海社新書)は、“ビックリマン”とは何なのかを考察した新書。1989年に刊行された本を復刊したもので、雑誌「本の雑誌」や出版業界専門紙「新文化」などで発表されたエッセイがまとまっています。
現在につながる「おたく文化」の分析が緻密になされた硬派な批評本であると同時に、復刊ということもあり、「当時はこうだったな」と懐かしく思い出せるタイムカプセル的な一冊でもあります。
著者の大塚英志さんはマンガ原作者・批評家。マンガの原作者としては『多重人格探偵サイコ』『リヴァイアサン』など人気作多数。また批評家としても鋭い視点に定評があり、「おたく文化」への造詣が深いことでも知られています。
「ビックリマン」と「マハーバーラタ」
第1章「物語消費論ノート」は、本書のキーワードとも言える「物語消費」について書かれたパート。「ビックリマンチョコ」の消費者である子どもたちは袋を開けてビックリマンシールを取り出し、ためらいなくチョコを捨てることも……。それでは何が消費の対象となっているのか? そんな問いから始まります。
シールの裏には「悪魔界のウワサ」と題される短い文章が印刷され、いくつかを組み合わせると天使と悪魔の抗争など「小さな物語」が見えてきます。さらにそれらを積み上げることで神話を連想させる「大きな物語」が浮かんでくる……。子どもたちはこの「大きな物語」に惹かれ、チョコを買っているという分析がなされます。
個人的な記憶を振り返ってみても、確かに「ヘッドロココ」や「サタンマリア」に天使界・悪魔界での深いいきさつがあるような気がして、シールを眺めながらいろいろ想像していました。
第2章に収録されたエッセイでは、古代インドの長大な叙事詩「マハーバーラタ」と「ビックリマン」の類似性が示されます。「マハーバーラタ」は血を分けた2つの王家の抗争を描いていますが、実は登場する英雄たちが神の化身であり、王族たちの戦いは神の聖戦だった……という内容です。
片や「ビックリマン」も聖と邪に分かれた双子の兄弟、スーパーゼウスとブラックゼウスの勢力が争う内容。子どもたちは神話的世界の断片を入手し、最終的にその世界の全体像を把握する。「商品の実態はシールでも、ましてやチョコレートでもなく、〈神話〉そのものであったのである」。
こうした「ビックリマン」論以外にも、「キャプテン翼」の同人誌と引用文化、マンガ「ファイブスター物語」の年表に見る架空歴史人気、「SDガンダム」という複製によって再生する「機動戦士ガンダム」……など当時のサブカルに言及したエッセイも収録され、読み応えたっぷり。今と当時を比べて、流行っているものは別物でも、その消費の本質はあまり変わっていないことがわかります。
ちなみに、「ビックリマン」はすっかり過去の物というわけではなく、この6月には「ビックリマン 悪魔VS天使」の新弾(第35弾)が登場しています。「鬼滅の刃」や人気YouTuberとのコラボも行われるなど、新しい層にもアピールする「ビックリマン」。壮大な神話はまだ続いているのです。
秋の夜長、ノスタルジーとともに、消費と物語の関係について思いを巡らすのはいかがでしょうか。
【書籍紹介】
『物語消費論 「ビックリマン」の神話学』
著者:大塚英志
発行:星海社
現代おたく文化論の原点を成す物語消費論がこの一冊に! 本書は「物語消費」という概念を新たに提示した記念碑的な消費社会論である。かつて80年代の子供たちを虜にした「ビックリマンチョコ」は、チョコレートとしての商品価値ではなく、その背後に存在する「物語」によって人気を爆発的なものにした。商品の消費を通じて日本中に広がっていく都市伝説や、「小さな物語」としての同人誌文化など、現代に続く80年代当時の様子が生々しく浮かび上がる歴史を記録した一冊であるとともに、「モノ」と戯れ続ける消費社会の行き着く先を大塚英志が予見した、批評史においても画期を成す一冊である。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。