こんにちは、書評家の卯月 鮎です。仕事柄、友だちや知り合いに「何か面白い本教えて!」と言われ、悩むことがよくあります。せっかくなので、なるべくその人が読んで良かったと思える本をオススメしたいのですが、本の好みは千差万別。
“イヤミス”のような後味が悪い展開が好みという人もいれば、ハッピーエンドでなければ絶対イヤという人も多いと思います。ジャンルにしてもファンタジー、SF、ミステリー、純文学……とさまざま。そう考えると、自分にピッタリの本が見つかるというのは奇跡的なことかもしれません。
1万人に本を届けた書店主
今回の新書『一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語』(岩田 徹・著/ポプラ新書)の著者・岩田 徹さんは、北海道砂川市の「いわた書店」の店主。お客さんのために1万円分の本を選ぶ独自サービス「一万円選書」で知られています。過去に1万人に本を届けたという岩田さん。選書にはどんな想いが込められているのか、その哲学が語られます。
運命的なマッチングはカルテから
高校卒業後、家業のいわた書店を継いだ岩田さん。90年代以降の出版不況によって経営難に陥った書店を立て直すため、何かできることはないかと常に模索していたといいます。
2章「『一万円選書』の極意」では1万円選書を始めたきっかけが語られます。高校の先輩との飲み会で、本が売れない窮状をこぼしていたところ、先輩が「これで、俺に合うおもしろそうな本を見繕って送ってほしい」と1万円を渡してくれました。「これは本屋にとって究極の問いだ」と悩んだ末、先輩の人となりを考えて本を選ぶと「おもしろかった」という言葉とともに、「俺みたいなやつが100人もいたら、本屋の経営も安定するべ」とヒントをもらえたそうです。
こうして2007年から「一万円選書」を始めるも反応は芳しくなく、店を畳もうかと考えていた2014年、テレビ朝日の深夜番組に取材されたのをきっかけにブレイク。今では3000人以上が待つ人気サービスになったのです。
では、どのように選書しているのでしょうか。そこも気になりますよね。岩田さんのやり方は、まずお客さんに「選書カルテ」を書いてもらうことから始まります。「これまで読まれた本で印象に残っている20冊を教えてください」「これまでの人生で嬉しかったこと、苦しかったことは?」「これだけはしない、と決めていることは?」。お客さんはこのカルテを書くために自分の人生と向き合います。もちろん岩田さんも、お客さんのために真剣に集中し、営業日の午後3時~5時は店を閉めて本を選ぶ……。実際に会っているわけではありませんが、人生と人生が交差して本が導き出されているのがわかります。
3章「僕はこうやって本を選ぶ――いわた書店珠玉のブックリスト」には、岩田さんがよく選ぶ本が紹介されています。特に、一番選書しているという本の作者は私も大好きな作家さんでした。人生の岐路・進路に悩んでいるあなたへ、孤独や焦りを抱えているあなたへ、人と比べて嘆くあなたへ……。全部で60冊ほど挙げられています。そのリストは本書を読んでのお楽しみ。ちなみに、私も「仕事に疲れている」という人がいると必ずオススメする小説があります。それはまた別の機会に。
選書を始めてから14年、ブレイクしてから7年。手から手へ、本を届けている実感が持てている今、本屋さんの仕事が本当に楽しいという岩田さん。人生で失敗を重ねながらも信念を持って書店の仕事を続けてきた岩田さんの言葉は誠実で、温かさを感じます。挙げられている本も小説ばかりでなく、写真集やノンフィクション、詩集などバラエティに富んでいて読書ガイドとしても良質。街の小さな本屋さんに行って店主と好きな本についておしゃべりしたくなる。そんな新書でした。
【書籍紹介】
一万円選書 北国の小さな本屋が起こした奇跡の物語
著者:岩田 徹
発行:ポプラ社
経営難にあった北海道砂川市の「いわた書店」が、2007年から始めた「一万円選書」。読者の心の琴線に触れる選書術で、生きづらさをも包み込んでくれるなど、多くの感動を生んでいる。いわた書店の哲学を伝えるとともに、話題の選書サービスを疑似体験できる1冊。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。