エンタメ
2016/9/25 19:00

「壁ドン」は「壁ドン」に萌えているのではないーー少女マンガが本当に描いているもの

少女マンガに詳しく、ブックレビューや解説などを手がけている和久井香菜子さん。好きな作品は、渋谷にあるマンガサロン「トリガー」で見つけると言います。ジャンル問わず、新しい作品から古い作品まで縦横無尽に取りそろえるトリガーは、お気に入りを見つけるうってつけの場所。「いいな」と思ったら、電子書籍で全巻一気に購入するそうです。「お気に入りの作品は何度も何度も読み返すから」だとか。そんな和久井さんに、今回は数あるお気に入りの中から「家でじっくり味わいたい少女マンガ」をセレクトしていただきました。

 

少女マンガの「恋愛シーン」はメインディッシュではなく「スパイス」

こんにちは、少女マンガ攻略・解析室室長の和久井香菜子です。少女マンガ好きが高じて、時々テレビやラジオにも出演しています。だけどきっかけは意外にアカデミックなんです。社会人になってから入り直した大学の卒論で、少女マンガをテーマにしたこと。社会学の専攻だったので、「女性の社会進出とともに少女マンガの主人公がどう変わったか」を調べたんです。これが、自分が思っていた以上に少女マンガは社会状況を反映していて面白かった。「調べていくうちに、これは仕事になるんじゃないか」と思ったんです。ほかのジャンルで、すでにライターはしていましたが、マンガに関してはやたら読むだけの「ただの人」だったのですけどね。

 

少女マンガの主人公には、男性におんぶにだっこで、なにもできないけれどただ守ってもらいたいという「非自立型」と、自分の知恵と行動力で悩みながらもどんどんと道を切り開いていく「自立型」とに分かれます。前者は、作品自体のメインテーマが恋愛であることが多く、後者は、恋愛以外のテーマを掲げていることが多いです。

 

私が好きな作品は、主人公が自立型で、「恋愛以外」のテーマがあるものです。大人になって経験値を積んだ今、もはやドキドキキュンキュンするだけでは物足りない。歴史ものなら知識が得られるのは言わずもがな、冒険モノなら本格的なサバイバルの知識が得られたり、仕事の仕方、モノの考え方を教えてくれたりすることも。その中の恋愛描写は、物語に華を添えたり、主人公の成長の一端になったりするひとつのエッセンス。そのくらいのバランスが私にはちょうどいいんですよね。

 

そうした前提での話ですが、少女マンガの萌えどころって、どこでしょうか。取材などでよく聞かれるのですが、イケメンの顔やかっこいいセリフではないんです。もちろん、そういうところもいいのですが、腕の筋張った筋肉とか、手の骨といった、何気ない部分です。そこらへんの描写が抜群に巧いのが、くらもちふさこ先生。めちゃくちゃわかりやすい「筋肉」とか「大声」とかじゃない、「さりげない男らしさ」の演出がすごく上手なんです。ふとしたシーンで差し出される手や、顔ほどに表情のある指の動き。首の筋とか、鎖骨なんかもいいですよね。

 

丸みのある女性の身体にはない、直線的で骨っぽい身体が実に魅力的です。もしかしたら流行の「壁ドン」も、行為そのものではなく、彼の腕や手、首筋の美しさに萌えているのかもしれません。少女マンガの表現は、かくも繊細なのです。

 

時代によって求められる作風が変わる少女マンガは、社会を映す鏡

男性キャラの萌えどころの次は、女性キャラへの共感のお話をしましょう。『源氏物語』は日本を代表する名作ですよね。1000年もの間たくさんの人に読み継がれ、いくつも現代語訳が出ています。もちろんコミック化も数え切れない。この物語の魅力は、光源氏を取り巻く女性たちにあると思うんです。さまざまな環境にある女性たちが登場し、それぞれが悩み苦しんでいる。男性社会に対する理不尽や生きにくさの中で、なんとか自分の人生を生きようとする女性たちの姿は、現代に生きる私たちの胸を打ちます。1000年もの時を超えてなお、彼女たちの考えや生き方に共感ができるんです。それってやっぱり『源氏物語』が名作たる由縁ですよね。

 

少女マンガにも、同じ魅力があります。

 

ここでも、さまざまな女性たちが悩み、苦しみながら自分の道を見つけていく姿が描かれます。70年代に爆発的な人気を誇った『ベルサイユのばら』や『エースをねらえ!』といった作品は、女性の自立と社会的地位の獲得を強く訴えています。少女マンガは時代を強く反映しているんですよね。80年代に大人の女性向けマンガ・レディースコミックが登場しますが、初期作品を読んでみると、あまりに暗い話ばかりでびっくりしますよ。「部長に弄ばれた」とか「25歳過ぎて結婚できないと行き遅れ」だとか、働く女性はどれほど辛い思いをしていたのかと目頭が熱くなりました。

 

そしてその頃まで年下男子との恋愛はNGでしたが、女性の社会進出が進んだ90年代になると、西村しのぶさんの作品を筆頭に解禁になります。選べる男性の選択肢も広がり、「女って楽しーよね!」という作品が登場し始めるんです。作品がどの年代に描かれたものなのかをちょっと気にしてみると、時代背景が見えてくると思います。

↑「恋愛は“味つけ”としては最高ですが、メインディッシュではないと思うんですよね。大人になれば特にその傾向が強くなると思います」と和久井さん
↑「恋愛は“味つけ”としては最高ですが、メインディッシュではないと思うんですよね。大人になれば特にその傾向が強くなると思います」と和久井さん

 

懐かしいタイトルを読んで自分の原点を知る旅に出る

最近は昔の作品が次々と電子書籍化されて復刊しています。子どもの頃に好きだった作品を読み返してみるのも、新しい発見があって面白いですよ。実は私も、子どもの頃に大好きだった『那由他』(佐々木淳子、小学館)という作品を読んだんです。でもなんだかものすごく恥ずかしくなりました。私の原点が詰まっているんですよ。私はどうやら、ちょっとアンニュイな年下の男子が大好きなんですが(笑)、そうか『那由他』に出てくる少年キロが原因か! と気付きました。

 

ほかにも、私はあてのない旅が好きなのですが、『那由他』の登場人物たちは世界中どころか冥王星まで行って大冒険しています。「冥王星」に特別ワクワクするのも、そのせいですねきっと(笑)。懐かしのマンガを読み返して、自分を振り返る旅に出るのも、オススメです。

 

同じように、自分の周りの人が子どもの頃にどんな時代のマンガを読んで育ったのかも、相手を理解する一助になるかもしれません。

 

「大人買い」して「子ども読み」! 作品の世界へトリップする贅沢

少女マンガの物語は、女性が心底傷つく展開にならないのも、安心して読める理由のひとつです(社会派の作品は別ですが)。主人公がどんなに「ひどい!」とか「傷ついた」とか言っても、女性が心底嫌悪する展開ではないんです。そこは同じ女性が描く物語ですから、配慮してあるし、痛みの感覚も同じなんですよね。

 

少女マンガ界には男性作家がほとんどいませんが、それは女性の心の機微を男性が描くことができないからなのだと思います。少年マンガや男性作家の各小説を読んでいると、たまに「うーん、なんで?」と登場人物の女性像に疑問を感じることがあるんですよね。まあ、少女マンガでは「どうしてこの男子は主人公が好きなんだ?」とご都合主義を強く感じる作品もあるので、お互い様なんですけどね(笑)。

 

こんなふうに、少女マンガを論じるためには、それ以外の媒体も読まないと比較ができません。それらを本棚に入れておくのはけっこう大変です。だけど今はマンガを電子書籍で買うようになったので、スペースの心配がなくなりました。同時に、旅先、海外でも読めるようになったのが嬉しいですね。レビューなどの仕事がはかどります。

 

片手間にマンガを読むのもいいですが、贅沢なのはやっぱり「大人買い」して「子ども読み」すること。面白い作品に出会ったら全巻一気に買って、子どものように夢中になってまとめて読む! のです。お気に入りのお茶を入れて、とっておきのお菓子を用意したら、ソファにクッションを並べてリラックスできる体勢を作って想像の世界に没頭しましょう。けっこう贅沢な時間の使い方ですよね。マンガは映画などの映像作品と違って自分のペースで読み進められるのも、マイペースな私に合っているようです。

 

文=和久井香菜子 撮影=岩井賢一

 

少女マンガ攻略・解析室室長の和久井香菜子さんセレクト

家で読みたい胸アツ少女マンガ8選

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●迷い悩むのが女の道

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『東京タラレバ娘』

東村アキコ(著)
講談社 463円(電子書籍432円)

女は、若くてチヤホヤされているうちに、自分を磨いておかなければいけません。だけど、たいていの人はそれができないんです。ふと気付けば時代から乗り遅れ、若くはなく、そしてプライドだけは立派に育ってしまっている……。そんな三十路女たちのあがきを、これでもかと描いた作品です。

 

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『ハッピーマニア』

安野モヨコ(著)
講談社 926円(電子書籍 540円)

仕事はちゃらんぽらん、友情も二の次、なによりもラブを追い求めるシゲタの迷走物語です。出会った男性に毎度運命を感じてのめり込むけど、毎度間違いだったと気付いてしまう。気付くだけならいいけど、少しずつ幸せをすり減らしているのが痛々しい。だけどそういう経験、たいていの女性なら持っていますよね。

 

●ラブなし同居物語にワクワクする!

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『にがくてあまい』

小林ユミヲ(著)
マッグガーデン 576円(電子書籍 432円)

「同棲」というとヤキモキイライラ面倒くさいことがたくさんありますが、「同居」なら気楽なもの。しかも相手がゲイなら、余計な心配(笑)はいりません。その上お料理上手。登場人物はけっこうなトラウマを抱えているのに、重くならないライトなタッチがとても好感が持てます。レシピがとにかく美味しそう!

 

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『きみはペット』

小川彌生(著)
講談社 432円(電子書籍 346円)

働く女性のバイブル的な作品です。新聞社に勤めるスミレは、高身長・高学歴・高収入のいわゆる「三高」女性。職場の同僚や彼氏には言えない弱音を、同居しているペットの美少年・モモにだけは言えるんです。恋愛は外で、癒やしは家で。対人関係に不器用な人には特にびんびん来ること間違いなし!

 

●年下・目下男子に癒される

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『微糖ロリポップ』

池谷理香子(著)
集英社 400円(電子書籍 400円)

過保護な母親との関係に苦しむ少年・知世と、その麻木家の離れに居候をすることになった女子高生円(まどか)との、初々しくもほろ苦い恋物語です。どんな環境になっても強く明るい円に、強く惹かれる知世のツンデレかつ健気な様子にもうメロメロ。スイートすぎないポップなテンポで読み心地がいいです。

 

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『女王の花』

和泉かねよし(著)
小学館 432円(電子書籍 432円)

国を追放された王女・亜姫と奴隷の薄星。2人は誰よりも深く結ばれています。そして亜姫はたいそうな不遇にありながら、自分の知恵と武術で数々の修羅場をくぐり抜けていくんです。これが爽快でかっこいいと同時に健気です。彼女に命を捧げて尽くす薄星もまたかわいらしくて、胸熱くなる作品です。

 

●人生をかけるなにかを見つけよう

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『Real Clothes』

槇村さとる(著)
集英社 400円(電子書籍 400円)

仕事と結婚は女の大きな岐路のひとつ。女性向けのマンガで、仕事について真摯に向き合っている数少ない作品のひとつです。読むとバイヤーになりたくなります。女の人生を応援しない男なんかと一緒になるべきじゃないですよ! 同じ作者の『imagine』も名作です。女と仕事。仕事と男。両立が難しいのはなぜ?

 

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『ちはやふる』

末次由紀(著)
講談社 463円(電子書籍 432円)

人生をかける何かが見つかるのって、幸せなことです。すべてを捨てて何かにのめり込むと、苦しくて悲しくて、立ち上がれないと思う辛いことも出てきます。だけどその分、感動や喜びは大きいもの。今からでも遅くない、なにかに邁進したいというパワーをもらえます。もちろん百人一首を覚えたいという野望も……。

 

※価格は2016年9月14日現在、ハイブリッド型書店honto調べ。
http://honto.jp/

 

【Shop Data】

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マンガサロン『トリガー』

東京都渋谷区渋谷3-15-2 コンパルビル4F
コワーキングタイム(持ち込み自由)▶︎10:00~17:00
サロンタイム▶︎18:00~23:00(L.O.22:00)
料金:非会員の方はチャージ料500円+ワンドリンク制
年中無休

http://mangasalon.com/

東京・渋谷にあるマンガの複合スペース。店内の4000タイトル以上の蔵書は最大3巻までしか置いていないのが特徴。日本で唯一のマンガコンシェルジュがあなたにおすすめの一冊を提案。クラウドファンディングのサイトも運営中。マンガ文化を盛り上げるため様々なイベントや企画を行っている。

マンガに特化したクラウドファンディング『トリガー』
https://faavo.jp/cpn/trigger

 

【Profile】

和久井 香菜子

少女マンガ攻略・解析室(http://kanako-wakui.net/index/)室長、文筆家。著書『少女マンガで読み解く乙女心のツボ』(カンゼン)をはじめ、漫画解説・レビューや女性向けの企画記事を多数執筆。「僕は仕事ができない」「そうだソルティー京都、行こう」「愛の博打デートスポット」などを連載中。

 

【URL】

http://at-living.press