こんにちは、書評家の卯月 鮎です。最近ではコンピュータでの分析が進み、さまざまな分野で事象が数値化されるようになってきました。身近でその変化を強く感じたのは将棋です。
私は、作家に通じるところがある棋士が好きで、たまに将棋を観戦しているのですが、10年ほど前までは対局で指された一手の良し悪しは瞬時にはわかりませんでした。今ではコンピュータによって、その手がどのくらいの価値があるのか一目瞭然。将棋の見方は大きく変わりました。
野球も「セイバーメトリクス」という新たなデータ分析手法で、ひとつひとつのプレイの意味に革命が起きています。セイバーメトリクスではじき出された統計学的なセオリーを知れば、単に勝った負けただけでなく、野球がより深く楽しめることは間違いないでしょう。
セイバーメトリクスの第一人者が教える野球の本質
今回紹介する新書『統計学が見つけた野球の真理 最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの』(鳥越 規央・著/講談社ブルーバックス)は、新指標から野球の本質がつかめる一冊。
著者の鳥越 規央さんは、統計学者で江戸川大学客員教授。スポーツのデータを分析し、評価や戦略立案に役立てるセイバーメトリクスの日本での第一人者です。著書に『9回無死1塁でバントはするな』(祥伝社新書)、『スポーツを10倍楽しむ統計学』(化学同人)などがあります。
数字でわかる犠牲バントの有効性
序章「セイバーメトリクスの歴史」から始まり、「セイバーメトリクスの原理」「投手の指標」「打撃の指標」……と順を追って解説する丁寧な構成。具体的な例が挙げられていてイメージしやすく、入門書としても最適です。
たとえば1章に書かれている「得点期待値」について。野球には「無死 ・1死 ・2死」という3種類のアウトカウントと、「走者なし ・一塁 ・二塁 ・三塁 ・一二塁 ・一三塁 ・二三塁 ・満塁」という8種類の塁状況をかけあわせた24種類のシチュエーションがあります。そこからイニングが終わるまでに何点入るかを示したのが「得点期待値」。これによって犠牲バントの有効性も導き出されます。
2021年シーズンの無死一塁での得点期待値は「0.790」。一方で一死二塁では「0.636」だったそうです。つまり、無死一塁を一死二塁にする犠牲バントは得点期待値を下げてしまう……。こうしたデータを知った上で試合を見れば、采配が何を狙ってのものなのか、意図も見えてきます。
私が「なるほど、これは意外と重要だ」と感じたのは球場の指標。多くのスポーツでは競技フィールドの大きさはきっちり規定されているものです。しかし、野球は球場の大きさやフェンスの高さが異なり、球場ごとに特色があります。
それを数字でわかりやすく表したのが「パークファクター」。「本塁打パークファクター」は、どの球場でホームランが出やすいかを示す指標で、当該球場での1試合当たりの本塁打+被本塁打を、他球場での1試合当たりの本塁打+被本塁打で割った値。2021年はセ・リーグなら神宮球場が「1.44」でトップ。最下位はバンテリンドームナゴヤで「0.57」だったとか! これだけ差があるんですね。
仮に本塁打だけでなく、盗塁のしやすさ、エラーの起きやすさ、ケガの発生率などのパークファクターが見えてくれば、あるスタジアム専用で起用される選手も出てくるかもしれません。
第8章の「総合指標 『二刀流』を評価する」も野球ファンなら気になるところでしょう。2021年のMLBアメリカンリーグでMVPに輝いた大谷翔平選手に関するセイバーメトリクスの分析が紹介されています。感覚的には二刀流がすごいことはわかりますが、数字で見ると果たしてどうなのか……。
3月25日に日本のプロ野球が開幕しました。セイバーメトリクスの数式自体は少し複雑ですが、昨シーズンの実際の数字が使用され、始まったばかりの2022年シーズンの予習にも役立ちます。この本を読んでからプロ野球観戦すると、ぼんやりとしていた野球の真髄が見えてくるかも!?
【書籍紹介】
統計学が見つけた野球の真理 最先端のセイバーメトリクスが明らかにしたもの
著者:鳥越 規央
発行:講談社
ベストセラー作品『マネー・ボール』に描かれた、貧乏球団が下剋上を果たす夢を実現した原動力が、統計学的手法で選手を評価するセイバーメトリクスだ。評価の指標はさまざまに進化し、犠牲バントへの疑問符など、戦術面にも大きな影響を与えたが、近年起きた「革命」が、測定技術の発達によるビッグデータの解析だった。従来わからなかった選手やボールの動きをとらえることで次々に生まれた新指標が、野球の真理を明らかにする!
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。