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2022/4/7 19:45

妖怪漫画だけじゃない! 生誕100年・水木しげるの漫画に学ぶ「生きるためのヒント」

『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』などの妖怪漫画で知られる漫画家・水木しげる氏(2015年没)が、2022年3月で生誕から100年を迎えました。記念イベントやタイアップ企画が次々と発表され、水木しげる氏にさらなる注目が集まっています。

 

数多くの名作を生み出し、惜しくも2015年にこの世を去った水木氏。根強い人気を誇る水木しげる作品の魅力とは、どんなところにあるのでしょうか。今回は、水木氏の大ファンでもあり、生前の水木氏とも親交があった医師で作家の久坂部羊さんにお話を伺いました。

 

“カッコイイ正義の味方”ではない、
漫画の中に描かれたリアルな現実に惹かれた

久坂部さんが水木しげる作品に出会ったのは、小学校4年生の時。別冊少年マガジンに載っていた『テレビくん』という短編作品を読んで、衝撃を受けたといいます。

 

「『テレビくん』の舞台は小学校。テレビの中に入ることができる不思議な少年・テレビくんが、転校生としてやってくるお話です。当時の漫画は、“ハンサムで強い正義の味方が悪者を倒す”という、別世界のヒーロー漫画が多かったと思います。ヒーローが活躍する漫画は、それはそれでワクワクするんですけれど、水木先生の漫画はそうじゃなかった。

 

『テレビくん』では、転校生が孤立している状況や、転校生にどういうふうに接していいかわからない生徒たちの様子など、自分が通う学校の空気感が、そのままリアルに漫画に描かれていたんです。さらに、登場するのはハンサムな二枚目ではなく、ジャガイモのような顔の主人公。他の漫画とは明らかに違う世界観に、子どもながらショックを受けたのを覚えています」(医師/作家・久坂部羊さん、以下同)

 

水木氏は、雑誌デビュー作である『テレビくん』で講談社児童まんが賞を受賞。同作は『水木しげる漫画大全集 第58巻』(講談社)などに収録されている。

 

誰も気づかない人間の本質を見抜いた
水木しげる漫画の魅力

その後、『ゲゲゲの鬼太郎』につながる『墓場の鬼太郎』シリーズの連載開始や、『悪魔くん』の実写化などを経て、国民的漫画家となった水木しげる氏。世間では妖怪や怪奇を描いた漫画が有名ですが、「それは水木さんの魅力を語る上での、一側面にすぎない」と久坂部さんは語ります。久坂部さんの考える「水木しげる氏の魅力」とは、どんなところにあるのでしょうか?

 

「水木しげる作品一番の魅力は、隠された人間の本質や社会の側面を直感的に見抜いているところにあると思います。誰も気づかなかった物の見方が、漫画のあちこちにさりげなく出てくるんです。

 

例えば、『街の詩人たち』という自伝的な短編作品に、『詩と称してウドンのような字を書いていれば世間は通るんだ』というセリフが出てきます。これはエセ芸術家が放つセリフです。書道など、プロが見たら素晴らしい字でも、素人が見たら『ウドンのような文字』にしか見えないと感じる人もいますよね。美術でも文学でも同じです。高尚になればなるほど世間一般からはわからないのに、そこにエセ芸術家やエセ評論家が紛れ込んで『これはすごい! 素晴らしい!』というと、なんでも素晴らしいものに見えてしまう。そういった現実を見事に言い表したセリフです。

 

水木さんは、現実にはびこる綺麗ゴトや欺瞞といった”嘘“を見抜く力が非常に強かったのだと思います。このような味わいのあるセリフが、太文字になるわけでもなく、色がついているわけでもなく紛れ込んでいるのが、水木しげる作品の醍醐味です。読み返す度に発見と快感を得られると思います」(引用:『街の詩人たち』 水木しげる漫画大全集第74巻収録)

 

『街の詩人たち』は、『水木しげる漫画大全集第74巻』(講談社)だけでなく、自伝的作品を集めた『ビビビの貧乏時代 いつもお腹をすかせてた!』 (ホーム社漫画文庫/発行=ホーム社、発売=集英社)などにも収録されている。

 

現実に鋭く切り込む表現や一言にあふれた水木氏の漫画作品。思わずハッとさせられるような経験が、久坂部さんにもあったといいます。

 

「私は高校生まで、一生懸命勉強して、伝記に残っている偉人のように偉くなりたい、有名になりたいと思っていたんです。

 

でも、そんなとき『偶然の神秘』という漫画に出てくる『名まえなんて1万年もすれば、だいたい消えてしまうものだ』というセリフを読んで、頭を殴られたような衝撃を受けました。だって、1万年前の人で名前が残っている人なんていないでしょ? エジプトのファラオは約5~6千年前、釈迦や老子もせいぜい2500年前くらいです。

 

一生懸命頑張って有名になっても、1万年経てば消えてしまうのであれば、偉くなるとか有名になるとか、そんなこと大事なことでも何でもないとわかったんです。だからといって勉強をやめたわけではありませんが、有名になるために猪突猛進で努力していた自分の考えが、180度変わった瞬間でしたね。頑張っている人からしたら、非常に冷たい言葉のように感じるだろうし、認めるのはつらいかもしれません。でも、この一言で私は目が開かれたし、その後の人生が変わったと感じています。

 

将来幸せになりたいと思って努力している人は多いはず。ですが、そこに水木さんの視点を取り入れることで、考え方がよりフラットになると思います。新しい目標や、新たな努力の方向性を見つけられるかもしれません」(引用:『偶然の神秘』 水木しげる漫画大全集 第79巻収録)

 

久坂部さんが選ぶ
今を生きる大人にこそ読んでほしい 水木しげる作品3選

世間や人間の本質に誰も気づかないような側面からアプローチし、読者に新たな気付きを与えてくれる水木しげる作品。数多くの作品のなかから、そのエッセンスを存分に感じることができるおすすめ作品を、長編・中編・短編作品のそれぞれから教えていただきました。

 

【長編】偉人・近藤勇に見る人間らしさ……『星をつかみそこねる男』

『劇画近藤勇 星をつかみそこねる男』(ちくま文庫)

 

「新選組・近藤勇の伝記漫画『星をつかみそこねる男』は、名セリフの宝庫です。例えば、近藤勇の最後のシーン。立派な偉人の最後の場面に『あるのは犬や猫と同じようになんとなく死にたくないという気持ちだけだった』というト書きが入っています。近藤勇は朝敵として悲劇の打ち首になりますが、多くの小説や漫画では、そのシーンを読者が受け入れやすいよう、美化して描かれています。それに比べて『星をつかみそこねる男』の最後は、実に人間臭さを感じます。

 

実際に近藤勇は、立派なことを想って死んだのかもしれないけれど、私はこれが一番合っているんじゃないかと思うんです。どんな偉人でも、犬や猫と同じように『死にたくない』という気持ちが、人間の心の奥底にあるのだと実感させられます」

 

※引用=『劇画近藤勇 星をつかみそこねた男』(ちくま文庫)

 

【中編】あるのはシビアな現実……「不思議シリーズ」第7話『我が方上記』

『妖怪博士の朝食 (1) 』収録(小学館文庫)

 

「『我が方丈記』は、50歳を過ぎた失業中の男のお話です。この話には、昔日本中で話題となった『清貧の思想』という本が登場します。これは贅沢だけがいいものではなく、心の清らかさでいくらでも幸せになれる、というような内容が書かれた本です。漫画のなかでは、主人公の友人であるもう一人の無職の男が『無能をカムフラージュするにはいい本だと思ってね』と、この本に関してつぶやきます。

 

お金持ちになる、成功するには努力しなきゃいけない。みんな苦労するわけです。でも、その努力をしない、いわゆる“無能な人”がこの本を持って、努力してお金持ちにならなくても幸せになれるという。まさに、無能をカムフラージュするのにいい本だったわけです。それも、ベストセラーに隠された一面。綺麗ゴトだけでは何も解決しない、そんなシビアな現実を端的に言い当てている作品だと思います」(引用:「妖怪博士の朝食 (1) 」小学館 収録 『我が方丈記』より)

 

【短編】人が求める幸福のありかとは……『錬金術』

『水木しげる漫画大全集』第64巻収録(講談社)

 

「『水木しげる漫画大全集』の第64巻は、『ガロ』の掲載作品が集められたおすすめの一冊です。この頃の短編作品は、水木さんの魅力を存分に感じることができる作品ばかりで、私が一生涯、水木作品に惹かれ続ける理由の一つにもなっています。

 

なかでも『錬金術』は、とりわけ有名な作品。これは、錬金術にのめり込んだ両親と、一人息子・三太のお話です。両親は、ねずみ男の指導の元、猫の頭を金に変える錬金術を行い、失敗を繰り返します。いつまでも金にならない錬金術に精を出す両親に疑問を抱いた三太は、ねずみ男に『これ以上両親を惑わすのはやめてほしい』と頼みます。

 

それに対してねずみ男が『錬金術は金を作り出すことではなく、猫の頭が金になるかもしれないという希望が幸せなのだ』『人生はそれでいいんだ』というのです。

 

みなさんも、お金持ちになりたい、成功したい、あるいは世の中の役に立ちたいといった理想を持って、頑張って生きていると思います。ですが、そう思っていることがすでに幸せなんだ、結果は出なくてもいいんだ、と。この解釈は新鮮で、すごくショックを受けました。人生とは、幸せとは何かを考えさせるお話です」

 

久坂部さんが水木漫画に登場!?
パプアニューギニアでの水木しげる氏との出会い

1994年、水木しげる氏とパプアニューギニアの空港にて撮影された写真

 

水木氏と作品の魅力を広く語ってくれた久坂部さんは、ファンとして、水木氏と交流をしたことがあるといいます。最後に、その時のエピソードを語っていただきました。

 

「今から28年前、私は外務省の医務官として、パプアニューギニアで働いていました。その時、水木さんがパプアニューギニアにやって来るという情報を聞きつけ、空港に駆けつけたんです。そしたら薄暗いパプアニューギニアの空港に先生がいらっしゃって。喜びのあまり先生に話しかけました。水木さんは、優しく、サービス精神旺盛に応対してくださって。乗り継ぎまでの1時間ほど、お話させていただきました。

 

いよいよ先生が出発されるという時に、同行されていた次女の悦子さんに、先生が『写真を撮ってくれ』って言ったんです。わたしはカメラを持っていなかったし、写真を撮るつもりもなかったのですが、先生からファンの私と写真を撮りたいというのは、予想外ですよね。普通はファンがアイドルに写真をお願いするのに……(笑)。

 

なかなかないシチュエーションだったので『あれはいったい何だったんだろう』と、後々まで印象に残っていたんです。そしたら、10年後ぐらいにたまたま手に取った先生の漫画に、私らしきキャラクターが登場していたんです! そのキャラクターは、若い頃の私にそっくりでした。

 

水木先生の作品には、有名人や政治家が登場することも多いんですけど、先生が現地でお世話になった日本人とか、ニューギニア人とか、名もなき人たちもよく登場します。その一貫として、私が登場したことに本当に驚きましたし、ファンの1人として本当にうれしく思っています」

 

久坂部さんらしきキャラクターが登場する漫画は、『水木しげる漫画大全第83巻 東西奇ッ怪紳士録』に収録。気になる方は是非探してみてほしい。

 

自分だけの『冴えてる一言』を見つけて、
水木しげる作品をより楽しむ

 

久坂部さんは、2022年2月に『冴えてる一言 水木しげるマンガの深淵をのぞくと「生きること」がラクになる』を刊行。水木しげる作品にちりばめられた「冴えている一言」を、作品の魅力とともに紹介しています。

 

「水木さんの『冴えてる一言』をまとめてみようと思ったのは、京極夏彦さんとの対談がきっかけでした。京極さんは、水木しげる漫画大全集を編集されていたのですが、その頃たまたま知り合い、とある企画で対談させていただきました。話をしながら、お互いが思っている水木さんの素晴らしさがどんどん出てきまして……。そのときに喋ったことも含め、自分が感動した、水木作品の冴えてるとしかいいようのない一言について、まとめてみようと思いウェブ連載を始めました。

 

本書は、ウェブの連載で紹介した内容を、あらためてまとめた一冊です。生誕100年というこの年に、水木さんの魅力を多くの人に知ってほしいと思い刊行しました。水木作品を、漫画として純粋に楽しんで読んでもらえればそれだけでうれしいのですが、本書に取り上げたような“非常に冴えた一言”が、各作品に紛れ込んでいます。その一言を自分で見つけるように読んでもらえれば、もっと楽しめると思います」

 

【プロフィール】

小説家・医師 / 久坂部 羊

1955年大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。2014年には、小説『悪医』で、第3回日本医療小説大賞を受賞。

 

協力=水木プロダクション(https://www.mizukipro.com/