こんにちは、書評家の卯月 鮎です。若いころ、住んでいたアパートで空き巣と鉢合わせしたことがあります。買い物から帰るとなぜかカギが開いていて、不思議に思いドアノブを回すと、部屋の中からゴソゴソと人の気配が……。慌ててドアを閉めたのですが、向こうも気付いたようでベランダから逃げられてしまいました。
その後、警察の方が来て、指紋を採るためにクロゼットに銀色のパウダーをポンポンとはたいているのを見て、「刑事ドラマで見たやつだ!」と感動して、少しショックが和らいだのを覚えています。と、同時に「こんなに荒らされて大変でしたね」と刑事さんから声をかけられて、7割くらいはもともと汚い部屋だったので恥ずかしかったです(笑)。
42年間走り続けた警察人生!
さて、今回紹介する新書は『リーゼント刑事 42年間の警察人生全記録』(秋山 博康・著/小学館新書)。週刊ポストに連載されていたコラムを大幅に加筆修正した一冊です。著者の秋山博康さんは徳島県警の元刑事で、指名手配ポスター「おい、小池!」のフレーズを考案した人物。情報提供を募るため「警察24時」などテレビ特番にも出演し、「リーゼント刑事」として有名になりました。
2021年3月に定年退職を迎え、現在は犯罪コメンテーターとして活躍する秋山さん。リーゼントにこだわるのは、中学生のときから崇拝している永ちゃんこと矢沢永吉さんの影響だとか。
新人時代にニセモノ登場!?
「警察24時」では迫力ある捜査の裏側がのぞけますが、普段はどのような仕事をしているのか? 交番時代の休日返上での巡回、意外と知られていない検視の立ち会い、暴走族を更生させるための交流、取り調べでヤクザと髪型で意気投合!? さまざまなエピソードが詰まっています。お堅い警察官のイメージとは異なるざっくばらんな口調で、型破りで熱い人柄もよく伝わってきて、臨場感あり読みやすいのが特徴です。
そもそも秋山さんが刑事を志したのは、小学4年生のとき、泥棒に入られたのがきっかけ。駆けつけた刑事の「おっちゃんが必ず逮捕したるから」のひと言に大きな安心感を覚え、刑事になることを決意したのだそうです。
高校では暴走族の友人とつるんで遊びつつも、警察官の採用試験で有利になるからと生徒会長も務めるという破天荒ぶり。「暴走族の『裏総長』的なワシが、表では高校の生徒会長になったのだ」。高校3年生のときに徳島県警に採用され、交番や機動隊勤務を経て23歳のときに刑事になりました。
本書で、私が一番印象に残ったエピソードは第4章で語られる新米刑事時代の話。新人ならではの仕事にまっすぐ向き合う姿勢と、それが裏目に出てのトラブルは、「ドラマ化決定!」と思わせるほど味があります。
先輩刑事から「取り調べ、聞き込み、書類作成の3つを一日も早く自分のモノにしろ」と言われた秋山さん。半年ほど官舎に帰らず署の道場に寝泊まりしては、先輩の書類を読んで仕事のやり方を覚えようと奮闘していました。
しかし、張り切りすぎての失敗は新人につきもの。「刑事としてバリバリに名前を売り、協力者をぎょうさん得ようと考えたワシは、街のいたるところで名刺を配っていた」。
その結果、なんと徳島市内のスナックに偽の「秋山刑事」が現れて、ツケで飲み食いしたうえにママに結婚をほのめかして金品を貢がせた……!?
そのほか、取調室でいかに「ウタわせる(自供させる)」かの攻防や、「グリコ・森永事件」を始めとする新聞を賑わせた事件・事故の捜査にまつわる裏話も読みどころ。
刑事はドラマや小説などで身近な職業ですが、そのリアルな現場は意外と見えてこないもの。リーゼント刑事が駆け抜けた波瀾万丈の42年間。普通に生活していては知り得ない誰かの人生を垣間見られるのも新書の良さです。
【書籍紹介】
リーゼント刑事 42年間の警察人生全記録
著者:秋山博康
発行:小学館
「おい、小池!」-2001年に発生した徳島・淡路父子放火殺人事件の指名手配犯ポスターは、見る者に強烈な印象を残した。ポスターを生み出したのが、当時・徳島県警で特別捜査班班長を務めていた秋山博康氏だ。目撃情報を募るため各局の「警察24時」に多数出演し、独特な風貌からいつしか“リーゼント刑事”と呼ばれるように。事件捜査に邁進し、2021年3月末で徳島県警を退職した秋山氏が、42年の警察人生を1冊にまとめた。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。