本・書籍
2022/4/12 6:15

どうして、絆は壊れてしまったのか? 家庭、親子のあり方を問う実話——『家族』

家族』(村井理子・著/亜紀書房・刊)は、人気エッセイストである村井理子さんが自身の育った環境、家族を赤裸々に綴った実話だ。

 

村井さんといえば愛犬の黒ラブラドール・ハリーの話『犬がいるから』で大いに笑わせてもらい、『全員悪人』では認知症になった義母の目線で描いた世界で認知症患者の思いを私たちに伝えてくれた。

 

そして『兄の終い』では孤独死した実兄を弔った数日の出来事を綴っていた。どうしてお兄さんは孤独死しなければならなかったのか? など、本書は村井さんが生まれ育った家庭を振り返ったエッセイだ。出版にともなったあるインタビューで、村井さんは兄の死をきっかけに親族から話を聞いたり、自身の古い記憶を呼び起こしたりしつつ、どうして自分の家族は壊れてしまったのかを考えるようになったのだと答えている。本書のカバー写真は亡くなったお兄さんの部屋に飾られていた一枚だそうだ。

世の中には幸せになれない家族もいる

カバー写真は昭和の時代の幸せそうな家族の姿をとらえている。しかし、この家族は脆くも壊れてしまった。父親も母親も兄もこの世を去り、残ったのは村井さんただ一人。

 

時代が良ければ、場所が良ければ、もしかしたら今も三人は生きていて、年に一度ぐらいは四人で集まって、笑いながら近況報告ができていたのかもしれない。一度でいいから、そんな時間を過ごしてみたかった。

(『家族』から引用)

 

写真の当時、一家は静岡県の港町で暮らしていた。母親は実父の援助でジャズ喫茶を経営し、繁盛していたそうだ。父親は会社勤めだったが、店にもよく顔を出し、マスターと呼ばれていたという。けれども、祖父が店に来ると我が物顔になるため父はすぐ外に出てしまう。まだ三歳くらいだった村井さんですら、両親と祖父の対立を感じていたそうだ。家族のギクシャクはこのあたりからはじまったのかもしれない。

 

完ぺき主義者の父親と問題行動が多い息子

けれども祖父の存在以上に、幼かった村井さんの記憶に強く残っているのは、父親と兄との様子だったと打ち明けている。父親は何をやっても器用にこなし、また完璧主義者だったという。一方、その息子である兄は、やんちゃで落ち着きがなく問題行動ばかりを起こしていたようだ。兄をきつく叱る父親、それをかばう母親。いっぽうで生まれつきの心臓疾患を抱えていた妹の村井さんは、父親からとてもかわいがられ、叱られた記憶はないという。

 

兄は教師からも好かれる子どもではなく、口が達者で、騒がしく、自分勝手な行動を繰り返すため、母親はしばしば学校に呼び出されていたそうだ。成長とともに問題行動がさらに増え、やがて兄は高校を中退することに……。両親の夫婦としての関係もこのころには既に破綻していたはずだ、と、村井さんは当時を振り返る。父親は暗い表情で笑わなくなり、帰りも不自然なほど遅く、また常に酔っているようになってしまった。

 

兄はダイナマイトで、父は燃えさかる炎のような人だった。母はその間に挟まれた川のような存在で、私は何者でもなかった。あの子は大丈夫、あの子は大人がいなくても立派に生きていける。(中略)私はいつも一人。誰にも心配されない存在。私はそんな役回りだった。

(『家族』から引用)

 

少女時代の村井さんは、本に没頭することで自らを癒していたそうだ。

 

母と娘の間には薄い膜が張られていた

村井さんは、自分の母親のことが未だによく理解できないという。約束を破る人、一緒に行こうといった場所に連れて行ってくれない人、喜ばせ、そして手痛く裏切る人、なにからなにまで嘘。少女のころから村井さんは母親に強い怒りを感じていたと告白している。

 

母と私の間には常に薄い膜のようなこのが張っていて、最後の最後まで、その膜を完全に取り除くことができなかった。どれだけ話しても、彼女の考え方が、特徴的な表情の意味が理解できなかった。私に嘘を言い当てられる時、強く批判される時に必ず見せる、あの醒めた表情。怒ってるのか、悲しんでいるのかさえもわからない、あの特徴的な顔。

(『家族』から引用)

 

結局、村井さんは母親が生きている間にその表情を理解できたことはなかったそうだ。ただ、今になって鏡に映る自分の顔が母の表情に似ていると感じる時があり、もしかしたら、母親も兄や自分のことで悩んでいたのかもしれないと思うようになったのだとか。

 

普通は強い絆で結ばれいてるはずの家族なのに、互いに何を考えているのかわからない、そんな親子関係、兄弟関係、実は多々あるのかもしれない。

 

過ぎ去った時間は取り戻せない

一家の父親は49歳という若さで病死してしまった。葬儀の日に一番泣いていたのは折り合いが悪かったはずの兄だったそうで、「あんたが殺したようなものだ」と自分をかばい続けた母親を責めたという。父を苦しめ続けたのは「あんたじゃないか」と村井さんは兄に抗議し、病院に通い続け献身的に看護していた母を擁護した。すると兄は鋭い視線を妹に向け、延々と怒鳴り散らすはめに。

 

母は私をかばうでもなく、ただ、下を向いていた。母が私をまったくかばってくれないことに、母を守った私を兄の攻撃に晒したことに、私は大きなショックを受けていた。

(『家族』から引用)

 

その後、母親は父の一周忌が済む前に恋人をつくった。妻がいる男だったのに、母親はその人に貢ぎ続けたため、村井さんは連絡を絶っていたという。やがて母親も病死。

 

兄は、二度の離婚のあと、引き取った息子と二人暮らしをしていたが、孤独死してしまう。発見者は幼い息子だったという。

 

父が亡くなって三十一年、母が亡くなって七年、兄が亡くなって二年の月日が過ぎた。三人をそれぞれ見送った私は、とうとうひとりぼっちになった。(中略)ほんの些細な誤解を早い段階で解いていれば、きっと私たちは幸せな家族になれたはずだ。全員がそれぞれ、愛情深い、優しすぎるほど優しい人たちだったから。

(『家族』から引用)

 

村井さんは現在、ご主人と双子の息子さん、そして愛犬とともに幸せに暮らしている。そして父、母、兄の三人も村井さんの心の中で静かに暮らしているそうだ。

 

このエッセイは、消えてしまった家族をもう一度取り戻す彼女の心の旅とも言える。

 

家族のことで悩んでいる人、新しい家族をつくろうと思っている人、さらに、今は家族はまとまっていて幸せだという人も、いま一度”家族”を見つめなおす機会を与えてくれるのが本書だ。

 

【書籍紹介】

家族

著者:村井理子
発行:亜紀書房

幸せになれたはずの私たちは、どうして「壊れた」のか?何度も手痛く裏切られたけれど、それでも愛していたー『兄の終い』『全員悪人』の著者が綴る、胸を打つ実話。

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