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2022/3/29 6:15

名曲の背後にある作曲家たちのドラマを読み解く——『クラシックを読む』

クラシックを読む 1 愛・狂気・エロス』(百田尚樹・著/祥伝社・刊)は三部作になっている。2は生きる喜び、3は天才が最後に見た世界。

 

作家の百田尚樹氏によると、クラシック音楽は耳で楽しむだけではなく、読んでも楽しめる音楽だそうだ。聴いているだけでも曲の魅力は味わえるが、その曲が持っているドラマ、つまり作曲家の苦悩や喜びを知れば、よりいっそうその曲を深く楽しめることができるという。ポップスや歌謡曲のように言葉のないクラシック音楽だが、本書を読みつつ、じっくりと聴けば、曲は小説や詩以上に雄弁に語りかけてくるはずだ、と。

『永遠のゼロ』とマスカーニの歌劇

百田氏は、小説を書くときは常にクラシック音楽をかけているそうだ。たいていは近くにあったCD、あるいはそのときのお気に入りをかけるのだが、稀に書いているシーンや人物に合わせて同じ曲ばかり繰り返し聴く時があるという。

 

『永遠のゼロ』のラストシーンを書いているときは、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲をかけ続けていたそうだ。

 

『永遠のゼロ』のラストシーンにふさわしい、というか、これしかない! という気持ちで聴いていたからです。(中略)物語の主役であった一人の零戦搭乗員・宮部久蔵の弔いの場面です。恥ずかしい話を白状すると、私はこの場面を涙をぽろぽろ流しながら書きました。(中略)「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲はわずか数分の曲ですが、執筆中はこのCDをエンドレスでかけ続けました。もう何度聴いたかわかりません。今でも宮部の弔いの場面を思い出すとこの音楽が頭の中で鳴り響くほど、私の中に刷り込まれています。

(『クラシックを読む 1』から引用)

 

名曲の背後にはドラマがある

さて、本書に収録されている全曲をまず紹介しておこう。

 

第一章 愛の幻想

ベルリオーズ「幻想交響曲」
べラームス「弦楽六重奏曲第一番」
チャイコフスキー「白鳥の湖」
ショパン「ピアノ協奏曲第一番」
リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」
グリーグ「ペール・ギュント」
シューベルト「幻想曲」

 

第二章 エロス

リヒャルト・シュトラウス「サロメ」
ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第二番」
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」
ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」
ホルスト「惑星」
プッチーニ「ラ・ボエーム」

 

第三章 天才の狂気

ムソルグスキー「展覧会の絵」
バガニーニ「ニ四の奇想曲」
ベートーヴェン「ピアノソナタ第ニ三番《熱情》」
ストラヴィンスキー「春の祭典」
リスト「ピアンソナタ ロ短調」
モーツァルト「ピアノ協奏曲第二〇番」
ラヴェル「夜のガスパール」
ビゼー「カルメン」
ショパン「ピアノソナタ第二番《葬送》」
ベートーヴェン「ディアべリ変奏曲」

 

ショパンの呟きがピアノの音色から聴こえてくる

では、各章から一曲ずつ内容を紹介してみよう。

 

ショパンの「ピアノ協奏曲第一番」は彼が二十歳の時に書いたもので、百田氏によると、まさしく”愛の幻想”と呼ぶべき協奏曲だという。ショパンは生涯にわたってピアノを愛したが、あまり演奏旅行にも出かけず、大きなホールで演奏するよりも、自宅や小さなサロンで少人数を相手に演奏するのを好んだ。同世代でヨーロッパ各地を回り、大きなホールで喝采を浴びていたリストとは正反対だったようだ。

 

もしかしたらショパンは人前で演奏するよりも自分のために演奏したかったのではないでしょうか。というのもショパンのピアノ曲を聴いていると、まるで彼がピアノで呟いているようにも聴こえるからです。彼のピアノ曲はすべてピアノで綴った日記かもしれません。

(『クラシックを読む 1』から引用)

 

ショパンがこの曲を書いたのは恋人と破局した直後であることから、失った恋人への想いが綴られているとも言われているそうだ。青春の悲しみのようなものを感じ、切なさで胸が締めつけられると百田氏は言う。音楽は理性ではなく、感情に訴えるもの。音楽によってゆり動かされるのは心の奥に眠っている”想い”なのだ。

 

モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」はエロティックなオペラ

一般的に思われているモーツァルトの天真爛漫なイメージとはまったく異なる曲が「ドン・ジョヴァンニ」。主人公のドン・ジョヴァンニはとてもつもない好色漢で、物語の冒頭から婦女暴行未遂ではじまるようなオペラなど前代未聞。同時代に活躍したベートーヴェンがこのオペラを非常に嫌ったのは有名な話で、音楽は人間の精神を高めるためにこそあると思っていた彼には、モーツァルトのこのふしだらな物語が許せなかったようだ。

 

しかしモーツァルトにとってはそうではありませんでした。想像するに、おそらく彼はこの物語に嬉々として音楽を書いた気がしてなりません。というのも「ドン・ジョヴァンニ」に使われている音楽は、モーツァルトの音楽の中でも最上級に素晴らしいものだからです。まず序曲が凄い。いきなりニ短調の悲劇的で重苦しい和音が聴く者の心を震わせます。これは彼が書いた六〇〇を超える曲の中で、もっとも劇的な序奏です。

(『クラシックを読む 1』から引用)

 

女を描かせたら、モーツァルトの右に出るオペラ作曲家はいない、と百田氏は評している。

 

ベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」は狂気の産物

ベートーヴェンが生涯にわたって弛まず書き続けたのはピアノソナタ。しかし彼の音楽表現力はピアノを追い越してしまった。51歳で最後のピアノソナタを書いた時、「ピアノという不完全な楽器は、これからも多くの作曲家を苦しめるだろう」という言葉まで残している。

 

「ディアベリ変奏曲」は彼がすべてのピアノソナタを書き終えたあとに作ったピアノ曲で、演奏時間が50分を超えるとてつもない大曲だ。

 

耳が完全に聴こえなくなった男が作る曲とは思えません。ある意味、その存在そのものが狂気の産物です。(中略)第一変奏からベートーヴェンの世界となります。三拍子から四拍子に変化し、力強く雄々しいメロディが現れる。ここから音楽は宇宙的とも言える広大で深遠な世界へと入っていきます。(中略)この曲を聴き終えると、私はいつも呆然とします。何という世界、何という神秘——。そして、この曲こそ、ベートーヴェンの生涯そのものを描いたものではないだろうか、とさえ思います。

(『クラシックを読む 1』から引用)

 

この他の名曲についても、そこに隠されたそれぞれの作曲家の思いを百田氏はわかりやすく私たちに伝えてくれている。読み終えるとその曲を聴きたくなるし、また、言葉のないクラシック音楽が、語りかけてくるように感じるから不思議。すべての音楽ファンにおすすめしたい一冊だ。

 

【書籍紹介】

クラシックを読む 1

著者:百田尚樹
発行:祥伝社

クラシック音楽にはドラマがある。曲の背後には作曲者の人生があり、その苦悩や喜びが詰め込まれているからだ。ブラームスがある女性に捧げた「弦楽六重奏曲第一番」、なぜか不倫をテーマにした映画に使われるラフマニノフの「ピアノ協奏曲第二番」、一人で聴いていると異世界に吸い込まれそうになるラヴェルの「夜のガスパール」など、知られざる逸話と共に24曲を紹介する。2万枚を超えるCDに囲まれ、ほぼ毎日聴いている作家・百田尚樹によるクラシック音楽エッセイ、第1巻。まずは気になった曲から、どうぞ。

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