アメリカのワークウェアブランドの代名詞「ディッキーズ(Dickies)」。ワークパンツの金字塔「874」は世界中で愛され、ワークの現場はもちろん、ファッションシーンでも多くのファンを獲得しています。そんなディッキーズも2022年で祝100周年ということで、その魅力を再確認しつつ、これからの展望を探るため、日本でディッキーズを展開するVFジャパンに行ってきました。
【話を伺ったのはこの2人】
VFジャパン
ディッキーズジャパン
カントリーマネージャー 内野正一さん
日本におけるディッキーズのマネージメント全般を束ねるディレクター。大の二輪好きで、休日にはハイエースにオフロードバイクを積み、全国の様々なダートトラックを巡っている。
VFジャパン
マーケティング部
部長 サム フィッツジェラルドさん
アメリカと日本のディッキーズの架け橋となり、より良いブランドイメージの構築に尽力するサムさん。音楽をこよなく愛し、ブラックミュージックやハウス、テクノなど幅広いジャンルのDJも行っている。
農民のためのウェア作りから始まった。
ーーまずはディッキーズのブランドの始まりから教えて下さい。
内野 1918年にC.N.ウィリアムソンとE.E.ディッキーという二人によって、USオーバーオールという会社を創業しました。そして今からちょうど100年前、1922年に二人の名前からそれぞれ取って「ウィリアムソン-ディッキー マニュファクチュアリング カンパニー」として再スタートしました。
ーー元々は炭鉱員や農作業に従事する人たちへ向けたワークウェアを展開していたディッキーズが、その後米軍では制服として採用されるようになりましたよね。
内野 そうですね、元々「つなぎ」のワークウェア作りから始まって、1920年代~30年代にはワークパンツ、ワークシャツも生産するようになって行くなか、戦時中にアメリカ軍の制服の製造を請け負うようになって、会社が大きくなって認知度も上がっていきました。
ーーディッキーズは現在、世界110か国以上で愛されています。一番の売り上げを上げている国はどこでしょうか?
内野 カナダも含む北米が売上の約70%を占めています。次いでアジアが約20%、そしてヨーロッパが約10%。圧倒的にアメリカ市場が大きいですね。
ーー北米で70%も売れているのは、リアルなワークウェアとしての需要でしょうか? それともカジュアルウェアとしての需要でしょうか?
内野 両方あると思うんですよね、だけど、やはりリアルなワークウェアとして求められていると思います。作業着や“工場の現場で着る物”というふうに限定してしまうと、需要がすごく絞られていたと思います。しかし、ワークウェアとしての使い道はDIYや日曜大工など様々な分、需要はものすごく多いんですね。
売り場としてはアメリカの総合スーパー「ウォルマート」の割合が多いです。ウォルマートに買い物に来る人は、実際に作業着用として買いに来る人もいれば、スケートボード用として買いに来る若い子もいるし、本当にユーザー層が幅広いと思います。
ーーアメリカへ旅行に行った時、空港を出たら工事関係の作業員などが、ディッキーズのチノパンやショーツを穿いて仕事しているのをすぐに目にしましたよ。その姿が個人的にはスタイリッシュに映りましたね。
内野 日本の場合、工場でも清掃員でも、会社で決められた制服を着るのが当たり前ですが、アメリカではカラーの指定はあるものの、制服はないので自分で用意する場合が多いですね。そこでディッキーズのシャツやパンツが選ばれる場合が多いです。
さらに、プライベートのDIYやガレージ作業用の服として選ばれることも多い。ですので、作業着と日常着の線引きがすごく曖昧なまま、広く浸透しているのがディッキーズの特徴であり、強さだと思っています。あくまでも質実剛健でリーズナブルであることが軸にあるので、ファッションのアイテムとしてでなく、“道具”として価値があるのだと思っています。
ーー私がディッキーズを初めて知ったのは、ビースティ・ボーイズのミュージックビデオでしたね。メンバーのマイク・Dが、アディダスのスニーカーにディッキーズのチノパンとワークシャツを合わせ、キャップを斜めに決めてラップする姿は衝撃的でしたね。それ以来、ディッキーズのリアルワークウェアが、そのままカルチャーやファッションに繋がっているように感じます。
内野 始まりから今に至るまで、ディッキーズはファッションブランドではなく、あくまでもワークウェアブランドのひとつだと考えています。普段着として最適なシンプルさと、作業現場に相応しい優れた耐久性が、ストリートスタイルにはマッチしていて、取り入れられていると思います。ラッパーのスヌープ・ドッグやアイス・キューブなど1990年代のヒップホップミュージシャンはもちろん、西海岸系のストリートギャングなどがクールに着こなしていましたよね(笑)。
ほかにもロック系やミクスチャー系のミュージシャンたちも含め、多く愛用されていました。決してディッキーズの方から彼らに着て欲しいと、デザインしたわけではありませんが、“肉体労働者のプライド”的なものとリンクして、彼らが選んでくれたんだと思います。
ーーアメリカ西海岸のストリートギャングが、しっかりとプレスの効いたワークシャツを着こなしていたり、またはブッカブカのディッキーズのチノパンにブッカブカのTシャツを合わせていたりと、私は当時雑誌でそのスナップを見て、あまりのクールさに痺れましたね。それってディッキーズの服自体がカッコイイっていうわけではなく、彼らの着こなすディッキーズがカッコ良かったんですよ。
サム 彼らは決してセレブではなく、ストリートのプライドという部分で、ワークウェアがうまくフィットしたんだと思います。“ヒップホップやロックのために洋服を作る”という視点がディッキーズにはありません。質実剛健の鉄板のワークウェアの良さを変えない。彼らがその精神を好んで着てくれていったのでしょう。
ーーヴィンテージバイクやカスタムカー、カスタムバイクのシーンにも、ディッキーズ愛好家はかなりいますよね。
内野 横浜の「ムーンアイズ(※)」のイベントなどに行くと、僕らは“ユニフォーム”って呼んでいるのですが、ディッキーズのチノパンに、足元はヴァンズというスタイルがメチャクチャ多い(笑)。ガレージカルチャーにもワークウェアの定番として、ディッキーズがしっかりとありますね。日本で人気が高まっているDIYのシーンにおいては、最近だと量販系のワークウエアが話題となっていますが、そのスタイルを少しでもカッコよくしたいと思う方は、ディッキーズを選んでくれています。
(※)アメリカの伝説的ホットロッドビルダーであるディーン・ムーン氏が創設したホットロッド&カスタムブランド
ーーディッキーズといえばヒップホップ、メロコアパンク、西海岸カルチャーとイメージする人もいれば、ガレージカルチャーでしょ、と思う方もいる。非常に広く浸透していますね。
サム そうですね。ワークという軸をブレさずに今日まで至ることで、多くのカルチャーの方達からのシンパシーを得たのだと思います。
リリース以来変わることのない永遠の定番「874」
――874ワークパンツについて改めて教えて下さい。
サム 元々はつなぎが始まりで、その後トップスとパンツに分離した形で、1967年に「874」というパンツが誕生しました。長年の間に若干のアジャストはされていますが、基本的なシルエットは変わっていません。“T/Cツイル”という生地を使用していて、こちらはコットンとポリエステルを独自に織り交ぜた素材です。さらに表面には撥水効果を持たせるために、スコッチガードを施していました。だけど今では、オリジナルのコーティングに変更しています。
ーー長年不思議だったのですが、なぜフロントはボタンではなく、ホックなのですか?
サム 仕事中はグローブを着用している場合が多いので、グローブを付けたままだとウェストのボタンは開閉が難しい。グローブしたままでもパンツの開閉がラクなようにホックを採用しています。ベルトループも幅を広くすることで、耐久性を高めています。こういったディテールは最初にしっかりと考慮してデザインされたので、あえて変えることはしていません。
ーーデザインに関してはどうでしょうか?
内野 874は874のままで、昔と変わりません。しかし細いシルエットが流行ったり、太いシルエットが流行ったりと時代のトレンドによってシルエット違いは出したりしています。
サム 874は豊富なカラバリも魅力的ですね。アメリカだと15カラーは展開していますね。シーズンごとにカラーの変更もあったりしますが、定番として常に8カラーは展開していますよ。874が人気を博した理由の一つとしては、転んでも破れにくく、価格帯がお手頃だというのもあると思います。
――874は派生モデルも人気ですよね?
内野 そうですね。874にはさらに耐久性を高めたダブルニー(「85283」ワークパンツ)もあります。膝部分の生地が二重になった分、かさ張るので、よりゆったりとしたシルエットにチューニングしています。ショーツ版として「42283」という派生モデルもあります。
サム 日本では展開は未定なのですが、アメリカではストレッチ生地の「フレックス」というモデルも存在しています。バキバキの生地感が売りのディッキーズではありますが、敢えて柔らかさを取り入れたモデルも登場したりとか、バリエーションが進化していますね。
T/Cツイルはパンツ以外だけじゃなくアウターなどでも威力を発揮
――ディッキーズはパンツとシャツのイメージがありますが、他にも代表的なアイテムはありますか?
サム 「アイゼンハワー」というジャケットが定番です。こちらは軍人のアイゼンハウアーさんという方の名前から取ったモデル名で、軍用の作業着として作られました。今でも当時と変わらないデザインで、中綿入りと無しの2タイプがリリースされています。
ーーあの特徴的なディッキーズのロゴに変化はありますか?
サム ずっと同じロゴというわけではなく、今のロゴになったのは80年代以降からです。
内野 私自身、楕円形のロゴの中にあるモノは馬の蹄鉄(ていてつ)かな? と思っていたんですけど違いました。実は畑を耕す牛に農機具を固定するために使用する、「くびき」という器具がモチーフになっているんです。
ーーなるほど! これが馬の蹄鉄だったらカウボーイのようなイメージですが、これは正真正銘のワークウェアのためのマークなんですね。
今でもディッキーズは道具であり、ファッションアイテムでもある
ーーディッキーズはブランドとして成熟していて、日本でも10代〜40代とユーザーの年齢層が幅広いですよね。
内野 日本でディッキーズを正規販売し始めたのは1994年です。X世代やY世代の方は、これまで見てきたカルチャーやライフスタイルとディッキーズがリンクして、何かしらの思い入れを持ってくれています。もちろんZ世代のスケーターたちも、先輩たちが着用しているのを目の当たりにしていて、自然に取り入れている動きが確実にあります。
そしてもうひとつの大きな動きが、やはりSNSですね。Z世代はSNSなどでファッションアイコンが身につけているのを見て、影響を受けているようです。最近だとTikTokで女の子が、874のウェストを折って、ウェスト内側のロゴを見せて穿いているスタイルが話題になりバズっていました。
――それは面白いアイデアですね! 今は雑誌ではなく、ほとんどの情報をSNSやネットなどで得る時代。主流となるメディアが変わっても、カルチャーやファッションへの興味は変わらないですね。
サム ディッキーズとしてはファッションアイテムとして提案しているつもりはないのですが、今現在でもありがたいことに、ナチュラルにファッションアイテムとしても広く浸透していますね。
――ところで2022年はディッキーズにとって100周年となりますが、イベントなどは予定していますか?
内野 日本では特に予定はしていませんが、本国のアメリカではファッションブランド「ブレインデッド(BRAIN DEAD)」とのコラボレーションを予定しています。それと、映像メディア「VICE」と一緒に、「MADE TO LAST」というドキュメンタリームービーを制作していて、6月24日に公開予定となっています。ロンドンではそのスクリーンイベントも行う予定です。
――今後のディッキーズはどのように発展させていきたいですか?
内野 プレミアムなラインを立ち上げたいと考えています。だけどディッキーズはファッションブランドではないので、コラボレーションという形でイメージを発展させていければと思います。どんなパートナーと組んで、どんなことをすれば、よりエクスクルーシブなアイテムを提供できるかなど、追求している最中です。
撮影/中田 悟
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