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2022/9/11 21:00

「推し」を応援するとき、こころでは何が起きているのか? 認知科学で「推し」を読み解く~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月 鮎です。若い世代にはすっかり定着している「推し」という言葉。「推し」とはごく簡単にいえば、自分が応援している人や対象のこと。嵐の二宮和也さんを応援していれば「私の推しはニノです」となりますし、野球で阪神を応援していれば「推しチームは阪神です」という具合になります。

 

「ファン」の言い換えという気もしますが、「ファン」は応援対象を中心に据えたどちらかというと受け身的なニュアンスがあり、逆に「推し」は多くの選択肢のなかから“私”が選んだという主体的なイメージがあります。

 

SNSなどで自分が応援していることを発言する機会が増え、自主的に肩入れしている“私”を表現する言葉として重宝されているのではないかという気がします。

「推し」のこころを科学する

さて、今回紹介するのは推しと心理学的な効果について解説した興味深い一冊「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(久保(川合) 南海子・著/集英社新書)。著者の久保(川合) 南海子さんは心理学者で愛知淑徳大学心理学部教授。専門は実験心理学、生涯発達心理学、認知科学です。

 

『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(久保(川合) 南海子・著/集英社新書)

 

「推し」の沼になぜハマるのか?

まず本書の冒頭で、アニメ『KING OF PRISM(キンプリ)』劇場版の「応援上映」での久保(川合)さんの体験が語られています。「応援上映」とは、映画のなかのキャラクターを観客が声を出して応援するという上映スタイル。

 

お子さんが中学受験に失敗して親子ともに落ち込んでいたそうですが、ファンが楽しそうに声援を送っている様子を見て、あまり『キンプリ』には詳しくない久保(川合)さんもなぜかとても力づけられたとか。もちろんお子さんもキャラクターを応援することで心が救われたそうです。

 

これに続く第1章が「#『推し』で学ぶプロジェクション―応援―」。ここで例に挙げられている『あしたのジョー』の実験結果は、私には驚きでした。大学生たちにアニメ『あしたのジョー』を見ながら、4人登場するキャラクターのうち1人の出番でペンライトを振ってもらうという実験です。作品自体を見たことがなく応援しているという自覚がなくても、ペンライトを振るよう指定され、その際活躍していたキャラクターの魅力度だけが、実験後の回答で突出して高くなったというのです。

 

たとえ指示されて体を動かしていたとしても、その行動自体がこころに影響する。そして、魅力的に見えたキャラクターや人物に再び自分から働きかけることで、「推し」に対する想いが増幅する。この底なしの循環システムが「推し」の沼にハマる理由、と久保(川合)さんは分析しています。

 

第2章「プロジェクションを共有するコミュニティの快楽―生成―」で展開される、腐女子の「二次創作」についての論も新鮮でした。仮に同じ物語に感動したとしても、ひとりひとりの読書感想文は違うものになります。これは、自分の内的世界を外界の対象に映し出すこころの働きがあるから、と久保(川合)さん。それが本書のサブタイトルにもなっている認知科学の「プロジェクション」。

 

そのうえ、ただ感想を吐露するだけでは気持ちがおさまらず、熱愛のあまり、作品や推しの新しい物語を自分で作り出すという行動も見られます。そうした二次的な物語が創造されるプロジェクションのメカニズムとはどのようなものか……?

 

「推し」や「腐女子」、「ぬい撮り」「2.5次元」など、現代的な愛好心とその効果を「プロジェクション」というキーワードで解き明かしていく本書。神話・伝承を原型とする物語とは何か、崇拝や信仰とは何か、そんな人類の根源までに思考を巡らすことのできる一冊でした。

 

【書籍紹介】

「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か

著:久保(川合) 南海子
発行:集英社新書

認知科学でみる 人間の知性

漫画やアニメの登場人物に感情移入し、二次元の絵や映像に実在を感じる。
はたまた実際に出会い触れることはほとんどないアイドルやアーティストの存在に大きな生きる意味を見出す。
これらの「推す」という行為は、認知科学では「プロジェクション・サイエンス」と呼ばれる最新の概念で説明ができる。
「いま、そこにない」ものに思いを馳せること、そしてそれを他者とも共有できることは人間ならではの「知性」なのだ。
本書では、「推し」をめぐるさまざまな行動を端緒として、「プロジェクション」というこころの働きを紐解く。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。