こんにちは、書評家の卯月 鮎です。「そうだ 京都、行こう。」はコピーライターの太田恵美さんが生み出した、JR東海のCMでおなじみのキャッチコピー。まさに言い得て妙で、春でも秋でも冬でもふとしたときに「ああ、京都行きたいなあ」と思うことがよくあります。
清水寺や金閣寺といった歴史名所に加え、にしんそば、おばんざい、京野菜といったほかではなかなか食べられないグルメも魅力。私にとって京都は陸続きの場所というよりは、どこかにぽっかり浮かんだ異世界のようなイメージがあります。仕事に疲れて、ここではないどこかに行きたいとき浮かんでくるのが京都なのです。
京都の食文化を多彩な角度から分析
さて、今回紹介する新書は、京都の食文化について、風土、人柄、歴史、経済など多彩な切り口で迫る『京都の食文化-歴史と風土がはぐくんだ「美味しい街」』(佐藤 洋一郎・著/中公新書)。
著者の佐藤 洋一郎さんは農学者で京都府立大学和食文化学科特任教授・京都和食文化研究センター副センター長。主な研究テーマは、日本人の米食史・稲作史、食の人類史、作物の起源と伝播、農耕と環境の関係史。『米の日本史-稲作伝来、軍事物資から和食文化まで』(中公新書)、『知っておきたい和食の文化』(勉誠出版)など著書も多数です。
和歌山県出身で京都大学を卒業し、現在京都府立大学に勤務する佐藤さん。現地で調査・聞き取りを行う“フィールドワーカー”として外側から京都を見つめる視点はもちろん、京都の住民として行きつけの店の話題がふとこぼれるなど、京都を中から語る臨場感も出ています。
膨大な地下水が京都の食を育む
第1章「京の風土」では、京都グルメのひとつ、湯豆腐が取り上げられています。個人的になぜ京都で湯豆腐が有名なのか、大豆の名産地というわけでもないだろうに……と、私はずっと気になっていました。
本書によると、京都盆地の地下には琵琶湖の8割ともいわれる量の地下水が蓄えられ、豆腐や酒など良い水が必要な食品が古くから発達したとのこと。また、京都の水はミネラルの含有率が低い軟水で昆布のうまみを引き出しやすいのだとか。
ちなみに西陣にある料亭のご主人が硬水のエビアンとお店の井戸水で昆布だしを取り比べる実験をしたところ、エビアンを使って引いただしは色もうまみも非常に弱かったそうです。確かに水によって育まれる京都の日本酒も美味しいですよね。
第2章「京都と京都人」では、京都人の特徴から生まれた京都の食文化を分析しています。実は京都市民はパン好きで、2012年から2016年頃までは政令市・県庁所在地のなかでパンの消費量1位だったそうです。京都といえば和食のイメージが強かっただけに、本書で紹介されているデータには私も驚きました。なぜ、京都でパン、特にサンドイッチをはじめとするおかずパンの人気が高いのかというと……。京都で地元に親しまれているパンを食べてみたくなりました。
京都で鱧(はも)が重用されている理由は? 京都で和菓子に与えられた使命とは? 京野菜が今の地位を獲得した背景は?
一般的なグルメ雑学本とはひと味違い、食文化の奥にある歴史的・地理的背景をひもとく一冊。それぞれの項目は短めで、文章も親しみやすく読み味は軽めですが、随所に「なるほど!」と納得させられる考察がちりばめられています。京都に遊びに行く際は、あらかじめ読んでいくとご飯がもっと美味しくなるはずです!
【書籍紹介】
京都の食文化-歴史と風土がはぐくんだ「美味しい街」
著:佐藤洋一郎
発行:中央公論新社
三方を山に囲まれ、水に恵まれた京都。米や酒は上質で、野菜や川魚も豊かだ。それだけではない。長年、都だった京都には、瀬戸内のハモ、日本海のニシンをはじめ、各地から食材が運び込まれ、ちりめん山椒やにしんそば等、奇跡の組み合わせが誕生した。近代以降も、個性あふれるコーヒー文化、ラーメンやパン、イタリアンなど、新たな食文化が生まれている。風土にはぐくまれ、人々が創り守ってきた食文化を探訪する。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。