Vol.120-4
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは新型iPhone。メイン機能ともいえる「緊急通報機能」搭載の背景を探る。
iPhone 14シリーズの隠れたメイン機能は「緊急通報機能」だ。自動車事故を前提とした「衝突事故検出」機能と、衛星への直接通信を使った緊急通報機能が搭載されている。
「でも、衛星を使う機能はアメリカとカナダだけで使えるんでしょう?」
それはその通り。2つの国は国土が広大であり、自動車や自家用機でちょっと移動するだけで、携帯電話の通じない地域になってしまう。日本でも山の中などでは通じないが、道がある場所ではなんとかなるもの。しかしアメリカ・カナダの場合、道があっても周りに街がなければ、電波は通じないのだ。そうした地域のことを考えると、こうした「緊急時の機能」が求められるのはよくわかる。
一方で、Appleはなぜここでこの機能をアピールしたのだろうか? 理由は、長期的な展望にあるのかもしれない。
特に衛星での緊急通報について、Appleは自社でサービスを構築し、低軌道衛星を提供する会社にも自社でかなりの費用を負担しているという。他社も同じことをやってくる可能性はあるし、そもそも携帯電話事業者が手がける領分であるような気はするが、一方でAppleは、「先に自社でサービス網を構築しておく」ことによってサービスで先行できる。
身も蓋もない言い方だが、「Appleにお金を払い続けることで、万が一のときに命が救われる可能性を高める」ことになるわけだ。これは保険と同じ考え方と捉えるとわかりやすい。万が一のために高い料金を払うことで、助かる可能性を買っているわけである。
ほかのスマホメーカーや携帯電話事業者が乗り出してくれば、差別化要因ではなくなるだろう。だが、「万が一」のために各社はコストを払い続けるだろうか? 低価格な製品ではそのコストがビジネス上、割に合わない可能性はある。
また別の見方として、システムと運用体制さえ構築すれば、衛星を使った緊急通報は、アメリカ・カナダ以外でも提供できる。日本でだって、緊急通報を受けつける当局と条件を詰め、その上で日本向けにサポート体制を整えればできる。簡単なことではないが、Appleにとって無理な話でもない。
スマホの性能がこの先もどんどん上がっていく……と考えるのは難しい。向上した性能を求める層が今より小さくなる可能性は高く、そうすると価格が高いiPhoneが売れなくなる可能性も出てくる。
そこで顧客に「iPhoneに残ってもらう」ためには、旧モデルの下取りから緊急通報まで、あらゆる要素を取り込んで「安心して買える」体制を作るしかない。
Appleが今年の製品で考えたのは、そういう長期的な展望に向けた第一歩だったのかもしれない。
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