五反田スタートアップ第6回「クラスター」
クラスターはVR技術を活用したスタートアップである。本年何かと話題になったVRを活用しようとする企業は数あれど、そのなかでも「引きこもりを加速する」をキャッチコピーに掲げる同社は異彩を放つ。何を言ってるのか?ポカンとしてしまいそうだが、なるほどと思える確かな理由がそこにはあった。
内側と外側、真反対のベクトルを持つこの2つの言葉を用いて形容されるサービスとは一体どのようなものだろうか。「cluster.(クラスター)」を提供するクラスター株式会社を立ち上げた加藤直人氏に話を伺った。
「集まって何かをする熱量を仮想空間で実現したかった」
――「引きこもりを加速する」というコピーが印象深いですよね。「cluster.」はどういったサービスなんですか。
加藤直人氏(以下、加藤):皆さん、「印象深い」と言ってくださいますね(笑)。まあ、まさにそのキャッチコピーどおりのもので、バーチャル上でたくさんの人が集まって、カンファレンスやトークイベントをできるようにしたサービスです。
――……すみません、まだあまりイメージが……。
加藤 じゃあ、実際に体験してもらったほうが話が早いですね。このVRゴーグルを着けてください。それでは始めますね。
――:あ、広い空間が表示されました! ステージのようなものも見えます。
加藤 では、ステージに向かって歩いてみてください。コントローラーを使って向きを変えたり進んだりもできますよ。ステージへの階段を上がったら後ろを振り向いてもらえますか。
――はい。あ、アバター(ユーザー)がたくさん入場してきました! みんな好き好きに動いていますね。
加藤 この会場内にいる人(アバター)たちが聴衆です。ステージにいる人は、プレゼンテーション資料を掲示したり、聴衆に向かってトークしたり、複数人が登壇してセッションしたりもできます。では、ゴーグルを外しますね。
――なるほど、仮想空間に集まってイベントができる、そういうサービスなんですね。VRゴーグルを着けたおかげで、ほんとうにその場にいるような感覚を味わえました。
加藤 そうですね。リアル会場との違いは、イベントのために数千万円もかかるような会場を借りなくていいこと、設営準備や撤収作業がいらないことなどでしょうか。
――イベントを仕掛ける側としては非常にメリットが大きいですね。もう「cluster.」を使ったイベントは実施されているんですか。
加藤 はい、まだオープンα版なのですが、例えばあるアニメーション映画の前夜祭などで使っていただけたりユースケースは様々です。また、月イチペースでさまざまなイベントが開催されていて、800人を超えるアバターが1つの空間にアクセスしたこともあるんですよ。
――800人が同時に!? 動きがカクカクしたり、サーバーが落ちてしまったりはしなかったのでしょうか。
加藤 1000人くらいまでであれば問題なく動きますね。
――となると、かなり大規模なイベントができますね。ところで、なぜこのようなサービスを立ち上げようと思われたのですか。
加藤 実は、ぼく自身が3年間引きこもりの生活を送っていたんです。大学を出て、そのまま院に進んで、入った瞬間に中退。その後はゲーム制作などの仕事をして、稼いだら数か月休み、また仕事をしては休みというのを繰り返していました。人に会いたくないというようなネガティブな理由ではなく、単に家から出るのが面倒くさいという理由で引きこもっていました(笑)。
実際、人とのやり取りはSNSで、娯楽はオンラインゲームで、買い物は通販でできたので、ネットさえあればフラストレーションがたまることなく生活可能でした。
ただ、プログラマーの一人として「ハッカソン(プログラマーなどが一箇所に集まってアイデアや技能を競うイベント・勉強会)に行きたい」という思いはありました。あのお祭りの空気、熱、雰囲気を味わいたかった。でもやっばり「出かけるのが面倒くさい」という理由で行けませんでした。好きなアーティストのライブにも参加したいと思いつつ、遠い会場まで行くのはやはり面倒で断念していました。
ハッカソンやライブに引きこもりながら参加したい!
そんなときに出会ったのがVRデバイスでした。これがあればぼくのやりたかったことが実現できるのではないかと考え、学校の後輩とやりとりを重ねました。そんな折に、投資家から「それだけの技術力があるのなら会社を作ればいい」と言ってもらえたので、起業することにしたんです。
――オンラインでイベントの雰囲気を味わったり参加したりするのに、ニコニコ生放送やユーストリームがありますが、あれではダメだったんですか。
加藤 確かに参加しているように思えなくもありませんが、あれは“リアルな”会場からの中継ですよね。リアルにそこにいる人たちとオンラインで参加している人たちとではやはり感じ方が違うと思うんですよ。むしろ、リアルにそこにいない分、疎外感を覚えてしまいます。
参加者全員がバーチャル空間の中にいれば、そんなこともないですよね。
――なるほど。現在はα版ということですが、ユーザー登録数はどのくらいでしょうか。またサービスに対してどのような反響がありましたか。
加藤 はっきりとした数字を公表しているわけではないんですが、数万人ですね。VR好きな人、アニメファン、映像ファンなどに加えアーリーアダプターが登録してくださっています。
特に反響が大きかったのは地方在住者からですね。イベントの多くは東京で開催されるためなかなか参加できない。「これこそ求めていたものだ!」と喜んでもらえたときには、ぼくも嬉しく感じました。
一方で、都内に住んでいる人からも「毎日のようにどこかしらで開催されている勉強会にわざわざ出かけていかなくても、これでいいのでは?」という反応をいただいています。
VRゴーグルは、未来っぽいというファッションメッセージを与えがちですが、見た目だけでなく、いままでなかったものを埋める実用的で便利なものに近づけられたのではないかと思っています。
引きこもっていたときに実感しましたが、いまではほとんど外出しなくても用事は済ませられます。打ち合わせも買い物も。でも大勢の人と会うには出かけていく必要がありました。むしろ、家から出るのは人と会うという目的のためだけといっても過言ではありません。その需要を家にいながらにして満たすのが「cluster.」なんです。
――起業後、事業を始めるまでのエピソードも教えていただけますか。
加藤 起業したものの、“VRで人が集まる体験を作る”というふんわりとした構想しかなかったため、サービスに落とし込むまで結構悩みました。
それ以外にも、社会人経験なしに人を2人雇ったため人事マネジメントや事務処理など、勉強することが本当に多かったですね。僕を含め、4人ともクリエイターでしたから。経営に関することが苦手だったんです。
とはいえ、ほかのスタートアップに見られるようなお金について困ったことはほとんど生じませんでした。ありがたいことだと思います。
――マネタイズについてはどのような状況でしょうか。
加藤 イベント主催者様からお金をいただく仕組みですが、いまのところ、収益については「度外視していい」と投資家から言ってもらえているので、あまり気にしすぎないようにしています。それよりはいままでなかったもの、ユーザーに便利に使ってもらえるものを作れるよう注力しています。まずはオンラインイベントを何度も開催して、実績を積み上げていきたいですね。
【五反田編】開発に専念できる環境がそろった五反田オフィス
ここまでは通常のインタビュー。だが本連載のタイトルは“五反田”スタートアップだ。ここからは、なぜオフィスを五反田にしたのか? 行きつけのお店は? など、五反田に関する話題を掘り下げていこう。
―― 五反田にオフィスを構えた理由は何でしょうか。
加藤 実は最初のオフィスは渋谷のコワーキングスペースにありました。なので次のオフィスも渋谷中心に探していたんです。スタートアップの多くがそこにありましたし、人と会うのにも便利だと思いましたし。
でも、空いているところといえば駅から遠い、狭い、汚いという状態で、安くて広い場所を山手線上で探していたら五反田になりました(笑)。
――消去法で落ち着かれたということなんでしょうかね(笑)。でも実際、五反田にオフィスを構えてみて良かったと思われましたか。
加藤 思いましたね。なんだかんだいって渋谷や品川は近いですし、六本木までバスも出ていて交通の便が充実。それに静かなのがありがたいです。以前のオフィスは道玄坂でしたが、宣伝カーが頻繁に通るので開発に集中できませんでした。
渋谷で事務所を探していたのは「人と会いやすいから」という理由からでしたが、よく考えてみたらぼくたちの事業はマーケティングや営業より開発がメイン。開発環境優先でオフィスを考えたほうが良かったんですよね。なので、適度に人が少なく静かで開発に専念できる五反田はベストチョイスだったなぁと思います。食事のできるところもたくさんありますし。
――食事の話が少し出ましたが、お気に入りのお店はありますか。
加藤:ありますねぇ。五反田駅西口の、スープカレー屋なのに「うどん」という名前のお店。それから、肉なら「あげ福」がすごくおいしいですね。
――居酒屋には行かれますか。
加藤:あんまり飲みに行かないのですが、「酒場それがし」は日本酒がおいしかったのでおすすめです。
VRは自分と周りの世界を変える
――この特集ではコラボしてみたい企業についてもお聞きしているのですが、もしあれば教えていただけますか。
加藤 以前この特集に取り上げられていたクレオフーガさんとぜひ! 楽曲を提供していただいて、イベントをやりたいと考えています。
――最後になりましたが、今後のビジョンや読者へのメッセージをいただけますか。
加藤 イベントの運営に関して、いまのところ、電話やメールなどの申し込みに1件1件ぼくが対応していますが、正式版では申請しないで自由にイベントを作成できるように仕様を変更したいと考えています。企業が行う大規模なチケット制イベントにも対応予定です。
イベントに参加したいけど引きこもっていたい――「cluster.」サービスはそれを実現する世の中を作れると考えています。そうしたら、満員電車もなくせるかもしれません。
VRはまだまだ発展途上。未体験の人がいれば、ぜひ一度試してほしいですね。そのうえで、ぼくのように家から出たくない面倒くさがりの人にはぜひサービスを使ってみてもらえればと思います。きっと世界が変わりますよ。