本・書籍
2023/10/15 10:30

美術館長を歴任した著者が教える、誰でも美術を簡単に愉しめる7つのキーワード~注目の新書紹介~

ついこの前まで半袖で寝ていたと思ったら、もう毛布を引っ張り出すまでになってしまい、たまにやってくるジョギング熱くらい、熱しやすく冷めやすい気候に驚いています。「ちいさい秋みつけた」なんて童謡がありますが、秋は年々縮んでいるのかもしれません。

 

とはいえ、秋らしいことを少しでもしたい……。というわけで、芸術の秋! 芸術と聞くとなんだか難しく思えますが、ホテルのドアパーソンのように丁寧に出迎えてくれるのが今回の新書です。

 

美術のベテランが作品を見るスタンスをサポート

 

今回紹介する一冊はカラー版-美術の愉しみ方-「好きを見つける」から「判る判らない」まで』(山梨俊夫・著/中公新書)。著者の山梨俊夫さんは美術史家。神奈川県立近代美術館館長、国立国際美術館館長を経て、社団法人全国美術館会議事務局長。著書に『絵画の身振り』(ブリュッケ、第2回倫雅美術奨励賞)、『風景画考1~3』(ブリュッケ、第67回芸術選奨文部科学大臣賞)などがあります。

 

「比べる」ことは見る愉しみにつながる

本書は、美術を愉しむきっかけとなる”7つの扉”をノックする入門書。普段美術にあまり縁のない人にとって、最適な一歩となるでしょう。

 

第1章「関心を開く」では、美術への関心の芽を成長させていくコツについて教えてくれます。山梨さんは浪人生をしていたころ、上野の国立西洋美術館に出かけてはオーギュスト・ロダンの彫刻を見て鬱屈を晴らしていたそうです。青年期に誰もが持つ異国への憧れだった、と山梨さん。

 

きっかけはささやかなものでよく、美術館も画廊も通りすがりにふらっと立ち寄ればいい、というのは心強い言葉。どんな見方であろうとたくさん見ることが目を肥やす、そんなアドバイスも美術への敷居を下げてくれます。

 

私がやってみたいと思ったのは、第4章の「比べる」。比べることが判断の基準づくりや見る愉しみにつながるそうです。例に挙げられているのは、奈良東大寺に立つ運慶・快慶の「金剛力士像」とミケランジェロの「ダヴィデ」。金剛力士像は額の血管が膨らみ、筋肉が隆々と盛り上がっています。それに対し、ダヴィデは、鍛えられた筋肉を滑らかな皮膚の下に隠し、腹筋も現実の肉体に合わせて彫られています。ふたつの裸体像を比べると、背景にある人間観、文化圏の違いがありありと示される、と山梨さん。

 

ひとつの作品だけを鑑賞するのではなく、時代や空間を超えて”比べてみる”。確かに刺激的な試みですね。

 

美術品収集に取りつかれたウィーンのコレクターから作品を借り受けようと、彼の自宅を訪れた際のエピソードなど、山梨さんの実体験も盛り込まれ、読み物としても飽きさせません。新書なので小さめですが、フェルメール「デルフトの眺め」や洋画家・藤島武二「蝶」などのカラー図版も随所に入り、初心者向けの作品ガイドとしてもわかりやすい作り。

 

美術の専門用語はほとんど使われておらず、誰にでも扉を開いてくれる、そんなウェルカムな雰囲気に溢れています。秋はあっという間。さあ、美術館に行きましょう!

 

【書籍紹介】

カラー版-美術の愉しみ方-「好きを見つける」から「判る判らない」まで

著:山梨俊夫
発行:中央公論新社

絵に殉じたゴッホの筆遣い、色彩を見極めたセザンヌの眼、人間の生命を彫像にしたロダンの手。優れた絵画・彫刻は、作家の感性と知性が結晶した永遠の芸術である。東西の名品を堪能できる現場が美術館や展覧会だ。本書は、関心を開く・好きを見つける・読む・比べる・敷居をまたぐ・参加する・判るという7つの視点から、読者を現場にいざなう。80点のカラー図版とともに、美術体験の感動に迫り、愉しみ方を伝授する。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。