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歴史
2023/9/10 6:00

偉大な人類学者マリノフスキのトンデモ日記とは? 人類学者を知れば人間がわかる~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月鮎です。私は大学では歴史学を専攻していましたが、ほかにも行きたい学科はいくつもありました。学問って名前を聞いてパッと研究内容が浮かぶものもあれば、いったい何をするんだろうという謎なものもありますよね。

 

そういった学問の真髄を1000円前後でさらっと掴めるのも新書の素晴らしさ。今回紹介する新書は、人類学に入門できる一冊です。

 

人類学者が解説する人類学100年の歩み

人類学というと、人里離れた村に滞在し、住民の文化を調査する学問というイメージが一般的かもしれません。しかし、今や研究対象によってその分野は、経済人類学、芸術人類学、観光人類学、医療人類学……と多岐にわたるとか。

 

それでも人類学が誕生して以来、追い続けてきた本質は何も変わらず、「人間とは何か」という問いである、と今回紹介する新書ははじめての人類学』(奥野克巳・著/講談社新書)の著者である奥野さんは言います。”人間がわかる”と聞けば、俄然興味が湧いてきますね。

 

著者の奥野克巳さんは、人類学者で立教大学異文化コミュニケーション学部教授。著書に『絡まり合う生命』(亜紀書房)、『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(新潮文庫)などがあります。

 

赤裸々すぎるマリノフスキの日記とは?

「人類学の入門書」といっても、難しい人類学の講義が続くわけではありません。本書は人類学の巨人として名高い、マリノフスキ、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルドの4人を取り上げ、それぞれの業績と人生を追うことで人類学の歩みを一掴みにするという試み。人間を見つめ続けた賢人は一体どんな人間なのか。興味深いエピソードの数々に、人物伝としても楽しめるのが特徴です。

 

人間らしいドロドロとした感情の塊が研究として昇華された、そんな風に読めるのが2章「マリノフスキ――「生の全体」」。マリノフスキは、フィールドに出て現地に住み込み調査を進める「参与観察」という、現代でも非常に重要視される手法を編み出したことで知られる、近代人類学を切り拓いた研究者です。

 

しかし、死後に発見されたフィールドワーク中の日記には、とんでもない記述の数々が……!?「死ぬほど殴りつけてやりたい」、現地人への罵詈雑言に、周囲の女性への赤裸々な欲望。読んでいて笑ってしまうほどですが、この日記は偉大なマリノフスキという偶像を破壊する衝撃を各方面に与えたそうです。

 

とはいえ、清濁併せつつ他者を理解しようとする姿勢は、生、人間、ひいては世界を理解することへとつながったのではないでしょうか。

 

決して優等生ではなく芸術家肌で遅咲きだったレヴィ=ストロース、著名な菌類学者の息子ながら科学に懐疑心を抱いて人類学に進んだインゴルドなど、私たちと同じ悩み多き人間として紹介されていることで、親近感を持って読み進めていけます。人間が人間を観察するとはどういうことか、その難しさと面白さも見えてきます。

 

人類学が見つけ出した答えは、今を生きる私たちのものの見方を変え、現実を生き抜くための「武器」ともなる、と奥野さん。人間とは? 社会とは? 生きるとは? そうしたことに少しでも興味があるなら、本書から得られるものは大きいと言えそうです。

 

【書籍紹介】

はじめての人類学

著:奥野 克巳
発行:講談社

「人間の生」とは一体何なのか。今から100年前、人類学者たちはその答えを知ろうとしてフィールドワークに飛び出した。マリノフスキ、レヴィ=ストロース、ボアズ、インゴルドという4人の最重要人物から浮かび上がる、人類学者たちの足跡とは。これを読めば人類学の真髄が掴める、いままでなかった新しい入門書!

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。