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2024/6/15 6:00

読書もできて楽しく働く。そんな社会で良くないですか?『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

通勤電車の中で本を読む人を見かけなくなって久しい。帰宅してからも、SNSやYouTubeは見るが本は読まない人たちが大半だろう。では、なぜ私たちは本を読まなくなったのだろうか?

 

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆・著/集英社・刊)は、その疑問を解くために、近代から現代に至るまでの日本人の労働に対する考え方、自己と社会の関係性、そして読書の立ち位置を解説している。

 

労働と読書の関係

「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」。単純に考えれば「時間がないから」だろう。しかし、日本人の長時間労働はいまに始まったことではなく、それこそ明治期から続いている日本人の特性だと著者は言う。明治期の鉄工労働者は1日13〜16時間働いていたし、1960年の平均年間総実労働時間は2426時間で、2020年の1.5倍である。

 

それでも、本は読まれていた。戦後の好景気からバブルまでは、人口増加もともない本は売れていた。読書が労働と直結していたからだ。出世するためには知識が必要であり、その知識は読書によって得られていた。つまり、労働のために読書が必要だったのだ。

 

しかし、バブル崩壊によって社会は大きく変化した。90年代以前は「仕事を頑張れば、日本が成長し、社会が変わる」という意識のもと個人は社会に参加していた。それが、90年代以降になると、社会と自分が切断され「自分が頑張っても社会の動きは変えられない。しかし、社会の波に上手く乗れたかどうかで自分が変わる」という個人主義的な意識が生まれた。

 

さらに2000年代以降になると、「労働による自己実現」が称賛されるようになる。つまり、すべての生活が「労働」に収斂されていき、労働に不要なものは排除される社会になったのだ。

 

情報と知識

この変革により、それまで労働に必要だった「読書」が不要となる。そこに取って代わったのがインターネットの普及による「情報」である。

 

著者は、読書で得られる「知識」とインターネットで得られる「知識」には違いがあるという。それが「ノイズ」の有無だ。読書で得られる知識には、教養と呼ばれる古典的な知識や、想定していなかった展開が登場する。これが「ノイズ」だ。一方、インターネットで得られる知識は「ノイズ」の除去された「情報」である。

 

情報=知りたいこと
知識=ノイズ+知りたいこと

※ノイズ……他者や歴史や社会の文脈

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』より引用

 

読書は欲しい情報以外の文脈やシーンの展開そのものを手に入れるには向いているが、一方で欲しい情報そのものを手に入れる手軽さや速さではインターネットに勝てない。そして、社会と自分が切断されている状況では、知識がもたらす「ノイズ」は不要なものである。

 

そして、数少なくなってしまった読書する人々のなかでも、読書を「娯楽」ではなく「情報」として捉えている人の存在感が増してきていると著者は指摘する。

 

自分に必要なものを必要なだけ取る。そのほうが効率的だし、他者に干渉されることもない。それはある意味、幸福な状況とも言える。しかし、それはあまりに小さく、発展性のない幸福ではないだろうか。

 

大切なのは、他者の文脈をシャットアウトしないことだ。
仕事のノイズになるような知識を、あえて受け入れる。
仕事以外の文脈を思い出すこと。そのノイズを、受け入れること。
それこそが私たちが働きながら本を読む一歩なのではないだろうか。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』より引用

 

著者は最終章で「働いていても本が読める社会」について語っている。その結論は、拍子抜けするくらい「当たり前」なことだ。ただ、その「当たり前」を我々は近代以降できていなかったのだ(むしろ年々、できなくなっている)。

 

ぜひ、本書を手に取ってその結論を目にして欲しい。ほんの少し意識を変えるだけで、誰もが「働いていても本が読める社会」になるのだ。

 

【書籍情報】

なぜ働いていると本が読めなくなるのか

著者:三宅香帆
発行:集英社

「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは? すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。

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