東京、埼玉、千葉を結ぶJR武蔵野線。首都圏の外環状を走り、多くのJR線・私鉄に接続するこの路線は、通勤・通学をはじめとした市民の足として欠かせないものになっています。
武蔵野線について語るうえで欠かせないのが、地下水の問題です。この路線はトンネルや窪みが多いエリアを走るため、沿線の下に地下水が溜まりやすく、大雨が降ったときにはそれが線路上に溢れる恐れがあるのです。府中本町〜新座駅間で武蔵野線の運行を管轄するJR東日本 八王子支社では、地下水を汲み上げるポンプ施設を同路線沿線に8か所設置し、万一の事態に備えています。
今回取り上げるのは、このポンプ施設のハイテク化の試みです。大雨が降っても列車の運行を止めないための取り組みについて取材しました。
AIカメラの導入で、障害対応時間が3分の1に
地下水は常に湧き出ているため、ポンプ施設は常時稼働しています。しかし、ポンプの能力を上回る地下水が湧き出ると排水が追いつかなくなり、線路上に水が溢れ出てしまいます。実際、2020年の6月6日には大雨により線路が冠水、列車46本が運休、最大316分の遅延が発生する事態が起きました。
従来のシステムでは、こういった大雨の際、ポンプに何らかの異常が起きたことが判明してから、現場にスタッフが向かって状況を診断する体制をとっていました。しかしこれでは、スタッフが排水ポンプ施設に到着するまで、異常の原因が特定できません。原因を特定し、対策をとるという2段階の措置が必要で、迅速な対応が困難でした。
そこで導入されたのが、パナソニック製のAIカメラです。ポンプの運転状況を示すランプの点灯状況と、汲み上げた地下水を溜める排水槽の水量を2台のAIカメラで監視し、遠隔地から現場の状況を把握できるようにしました。これの導入によって、異常の原因がすぐにわかるようになり、仮設ポンプの設置などの対応策を素早く判断し、実施できるようになりました。
排水槽が満水になったり、ポンプの動作に異常が起きたりした場合、ランプの表示が変化します。異常や満水を示すランプが点灯した際には、AIカメラがどのランプが点いているか判定し、メールでその状況を知らせます。そのメールにはランプの画像が添付されるため、目視での確認も可能。なお、一度異常が発生した場合、事態が収まったあとも1週間程度は継続して状況を監視する必要がありますが、AIカメラのおかげで、それも遠隔でできるようになりました。
またポンプ施設には、2台のAIカメラに加えて、ポンプの使用電力量を監視する多回路エネルギーモニタ、ポンプを制御するポンプ盤と接続して設備の異常検知を行うマルチ監視ユニットも設置されています。AIカメラはランプや排水槽のビジュアルから異常を検知しますが、これらの機器があることでハードウェアの面からもポンプの稼働状況を確認できます。
マルチ監視ユニット、多回路エネルギーモニタから取得したデータは、管理ソフトによって可視化されます。電力使用量、電流、電圧、電力などの計測データと、機器の運転状況をあわせて可視化することで、異常の発生そのものを予防する監視体制を構築できます。
AIカメラの導入効果は高く、障害対応時間が従来の3分の1程度まで短縮されたそうです。また、2022年のAIカメラ実運用開始以降、地下水の湧出による武蔵野線の遅延・運休は発生していません。
予知保全による万全の体制を構築
JR東日本 八王子支社の担当者は、武蔵野線のポンプ施設について、「AIカメラの導入によって、従来型の予防保全ではなく、予知保全ができる体制を作りたい」としています。予防保全では、「使用期間を考えると、そろそろ機械が故障しやすくなるころだから修理しよう」といったように、自らの経験や知識によって故障を防ぎます。一方の予知保全は、「機械が壊れそう」という予兆が出た段階で保全を行います。
予防保全の場合、機器の寿命が想定よりも早めに来てしまったら、故障が発生してしまいます。ですが予知保全であれば、故障の予兆が検出された段階で早めに対処できるので、万一の事態を防ぎやすくなるというわけです。
現在、AIカメラはJR東日本 八王子支社が管轄する武蔵野線沿線のポンプ施設8か所のうち、3か所に導入されています。担当者は「ほかの支社からも取り組みへの興味を持ってもらっており、今後さらに導入を拡大していきたいと考えています」とのこと。なお、AIカメラの導入ペースがそこまで早くはない理由は、ポンプの老朽化に対応する更新作業のタイミングにあわせて1か所ずつ設置しているからだそうです。
私たちの移動の足となる電車。その安定運行は、AIカメラなど最新の技術によって支えられていることがよくわかりました。