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2019/12/25 18:00

ついに始まったハイレゾ定額配信「mora qualitas」――サービスインから約2か月の「良いトコロ」「悪いトコロ」

音楽を一定金額で好きなだけ楽しむ配信サービス、いわゆるサブスクリプション型音楽配信サービス(以下、サブスク)が盛況だ。未だにCDが売れ続けている我が国でも、日本レコード協会の2018年度調査では「主な音楽聴取手段」においてサブスクは13.0%と2年前の調査の2倍以上に伸びている。SpotifyやApple Musicなど、スマホひとつで完結できるサービスは利用者も多い。

 

そんなサブスクは、専ら圧縮音源の配信である。256kbps~320kbps程度のビットレートにデータ容量を小さくして配信しており、パケット通信料の軽減にも寄与している。反面、音質はどうしても犠牲になってきた。国内では、ずっとこのロッシー(非可逆圧縮)音源配信が主流だったのだが、ついにスタジオで作った音をそのまま届けるサブスクが登場した。今年9月に電撃的に始まった「Amazon music HD」。そして、11月には「mora qualitas(モーラクオリタス)」が正式にサービスインした。これらは、ともにハイレゾ音源に対応している(データを圧縮するのがロッシー、非圧縮あるいは可逆圧縮(元に戻せる圧縮)ではロスレスとなる)。

 

mora qualitasはソニー・ミュージックエンタテインメントが手掛ける定額制の音楽配信サービスである。月額1980円(税抜)と、一般のサブスクと比べると約2倍の料金となるが、FLACによるロスレス圧縮を採用し、96kHz/24bitまでのスタジオクオリティをそのまま楽しむことができる。現在のところ、圧縮音源の配信予定はなく、最低でもCD品質、その上の48kHz/24bitや96kHz/24bitといったハイレゾ音源(FLAC)がラインナップされている。ハイレゾ中心のプレイリストの提供をはじめ、リスナーの好みに合わせたホーム画面の変化やオススメ機能、アーティストのバイオグラフィーやレビューなどの読み物が提供されるのも特徴だ。プラットフォームは、いまのところPCのみで、サービスを利用するためにはWindowsかMacの端末が必要だが、今後はiOSやAndroidといったモバイル端末への対応も予定している。

↑mora qualitas

 

今回、mora qualitasを手掛けるキーマンに直接取材を敢行し、ユーザーからのリアクションも含めて幅広くお話を伺った。取材させていただいたのは、ソニー・ミュージックエンタテインメント mora qualitas事業グループ 企画マーケティング部 課長の黒澤 拓氏。国内でハイレゾが認知されるその遙か以前から音楽配信業務に取り組まれてきた、ハイレゾ配信の光と影を知り尽くす、その道のベテランだ。本記事では、筆者自身のインプレッションも交えながら、mora qualitasを深掘りしていきたい。

↑mora qualitas事業グループ 企画マーケティング部 課長の黒澤 拓氏にお話しを伺った

 

mora qualitasの始め方

先に白状してしまうと、筆者はこれまであまりサブスクを利用してこなかった。仕事の関係でSpotifyを登録して使ったことはあるが、日常的には使っていない。理由は、筆者自身が自主制作の音楽ユニット「Beagle Kick」でハイレゾ録音にこだわって音楽を発表してきたことや、少年時代から続く音質への強いこだわりがある。そんな筆者もハイレゾ対応のサブスクが始まるとあって、10月の先行無料体験に真っ先に登録してmora qualitasを試してみた。いわゆる“サブスク玄人による体験記”でないのはご容赦いただき、むしろサブスクに抵抗があった人間がどう感じたのかをお伝えしていきたい。

↑筆者はこれまでサブスクを積極的に利用してこなかっただけに、黒澤氏の説明は興味深く聴くことができた

 

まずは利用方法を簡単に説明していこう。mora qualitasを利用するには、PCにアプリをインストールし、アカウントを作成して登録する必要がある。1つのアカウントでログインできるPCは、最大で3台まで。黒澤さんによれば、準備が進んでいるモバイル向けアプリがリリースされると、PC3台に加えて、モバイル端末の上限値が別途設定されるとのこと。

↑使いたい端末台数が3台を超えたら、1台登録を解除してから新しい端末でログインすればOK

 

ホーム画面には、注目のアーティストやプレイリスト、ランキング等がずらっと並ぶ。筆者は、真っ先にテーマ&ジャンル検索でアニソンを探してみた。サービス開始直後はほとんど中身が表示されなかったが、現在ニューリリースはもちろん、おすすめのプレイリストや注目のアーティスト、人気のアルバム/トラック/アーティストの確認ができる。好みのジャンルがある方は、まずテーマ&ジャンルを回遊し、気になるアーティストの楽曲があれば、アルバムごとライブラリに追加したり、プレイリストを作成して楽曲を追加していくといいだろう。もちろん、直接アーティスト名を入力して検索することもできる。

↑ジャンルからアニソンを選んだところ

 

↑左上の「検索結果」をクリックすると、最近の検索履歴が表示される。キーワードを入れると関連するアーティストやアルバムの一覧が表示される

 

目的のアーティストが見つかれば、配信されているトラックやアルバムを一覧で参照できるので、あとはライブラリやプレイリストに追加するだけだ。楽曲単位でお気に入りすると、再生数と合わせてリスナーの好みを学習し、ゆくゆくはmora qualitasが自分に合った楽曲を紹介してくれるようになる。

↑アルバムやトラックをライブラリに追加すると、この一覧に表示される。トラックもしくはアルバムの一覧表示が可能

 

↑プレイリストでは順番の入れ替えなど様々な操作ができる

 

↑複数のアーティストが名を連ねるアルバムはライブラリに追加してもアルバムで一括表示できない。プレイリストの作成がおすすめだ

 

面白いのは、ダウンロード販売のサービスであるmoraとの連携だ。ブラウザ上のマイページから「外部サイトとの連携」でmoraを許可すると、購入履歴から学習してこれまた楽曲を紹介するヒントにするそうだ。moraで購入した楽曲がmora qualitasにあれば、自動でお気に入りにリストアップしてくれるというから便利。

↑moraとの連携を認証。一度設定したらアカウントの解除/変更はできないので注意しよう

 

排他モード標準対応に音質へのこだわりを感じる

先行体験含め2か月間にわたり使ってみた感想としては、まず音がとても良い。音質への配慮はmora qualitasのアドバンテージのひとつで、WindowsではASIOとWASAPI排他に対応、Macでは排他モード(Exclusive)に対応している。詳細は割愛するが、PCからDACまでの音楽データの通り道をシンプルにすることで、音をより良い状態でデジタルからアナログに変換できるよう配慮がなされている。そのため、同じ音源をmora qualitasとAmazon music HDで聴き比べると、驚くほどmora qualitasの音が良い。具体的には、楽器音の鮮度やディテールの細かさ、音場の立体感などが俄然優れている。CD音源で比べても一発で分かる音の違いのため、ハイレゾのそれは言うまでもない。

↑USB-DACを使う場合の例。WASAPIには(event)と(push)があるが、比較的音質が良くPCへの負荷が少ない(event)を選ぼう

 

↑Windows環境で外付けUSB-DACがない場合は、基本的に[WASAPI(event)デバイス名]を選ぼう

 

↑USB-DACに専用のASIOドライバーが提供されているときは、ドライバーをインストールしてASIOを選ぶことを勧めたい。WASAPIよりも音質が良い場合もある。安定性に問題あるときは、WASAPIに戻せばよい

 

↑Macはデバイスを選んで、排他モードのチェックを入れるだけ

 

また、現在ストリーミングで定番となっている「ラウンドネスノーマライズ」は行っていないとのこと。これは音圧が過剰に高い、いわゆる「海苔波形」の楽曲の音量を強制的に下げて平準化する機能で、過剰な音圧競争への抑止力になると一部で期待されている。mora qualitasはいまのところ、本機能については検討段階とのこと。

 

権利元から納品された音源に何も手を加えることなくそのまま配信するということにこだわっているmora qualitas。そのポリシーは、サービスローンチからWASAPI排他やASIO、排他モードに対応してきたことにも表れている。黒澤氏いわく、「ストリーミングが流行っているからそれに乗っかろうというのではなく、スタジオマスターをリスナーに届ける活動の一環として、moraのプラットフォームのひとつにサブスクを追加した」とのことで、その心意気には筆者もグッときた。実際、アプリケーションの開発こそ海外のチームが手掛けているようだが、排他モードへの対応や再生時の安定性には入念に時間を掛けて詰めていったそうだ。それが音質にストレートに現れているのは、さすがmoraが立ち上げたサービスだと感心する。

 

筆者の環境は、Wi-Fiによるネット接続で回線はVDSL(下り23MB/s程度)だが、ほぼ安定して96kHzの楽曲も再生できていた。推奨される通信速度は下り10Mbps以上とのこと。ストリーミングということで、コアなオーディオファンの方は音質面の心配もあるかもしれない。あらかじめダウンロードしてから再生するオフライン再生は、PC版では非対応なものの、ダウンロード配信で入手した同じ音源のローカル再生に比べて音質面のデメリットはあまり感じなかった(PCオーディオやネットワークオーディオは、ノイズや電源、振動への対策が著しく音質に影響する。結果として、優位性は簡単に逆転したりするので注意が必要だ)。

 

楽曲ラインナップや検索性は改善の余地あり

一方、手放しで賞賛できることばかりではない。いくつかの要素には改善の余地がある。まず、楽曲のラインナップの充実度。ダウンロード販売では長年ハイレゾで配信しているアーティストもmora qualitasに存在しない場合が散見され、物足りなさは否定できない。ただ、こちらについては前向きな話を聞くことが出来た。既にmoraでハイレゾ配信を行っているレーベルは、その多くで順次追加をしていく予定とのこと。

 

契約の面で言うと、ダウンロード販売とサブスク配信は契約が別になるので権利元とそれをやり直すファクターが存在する。我がBeagle Kickも手続きに時間が掛かっているとアグリゲーター(仲介業者)から聞いており、mora qualitasでの配信開始は年明け以降にずれ込む見込みだ。ともあれ、ラインナップが充実すれば、mora qualitasでハイレゾ版を試聴して、気に入った音源はダウンロード購入して手元に置いておくという楽しみ方も普通になるだろう。

Beagle Kickのオフィシャルサイト

 

次に気になるのは、検索性やジャンルカテゴライズだ。これについては、厳しい評価を下さざるを得ない。検索レスポンスがやや遅く、日本語のアーティスト名は、まったく関連の無いアーティストが大量に表示されてしまう。アニソンなのにJ-POPのジャンルに振り分けられているケースも見つかった。極めて希だが、ライブラリに追加しても一覧で楽曲が参照できずやむなくお気に入りに登録したケースもあった。これらについては、問題意識を強く持っているとのことで、開発を担当するRhapsodyとも共有して改善に取り組んでいくという。

↑画像の楽曲は、ライブラリに追加してもなぜか参照できなかった。お気に入りに登録すると、必ず閲覧できる

 

ユーザー同士の交流機能や読み物も追加される予定

プロフィールページは、サブスクに慣れていない自分にとって、ちょっと小っ恥ずかしいものがあった。自分の試聴傾向が赤裸々に表示される。いわゆる何をどれだけ聴いたかによって、ランキングが作成されるので、「貴方の趣向はこうですよ!」と詳らかにされるのは新鮮だった。

 

加えて、ユニークな追加サービスとして、「リスナー向けのコミュニティサイトの開設」も予定している。音楽の話はもちろん、ハイレゾをどうやって聴けばいいのか、オーディオの音をよくするコツとか、音楽ファン・オーディオファン入り乱れて活発な情報交流があったら楽しそうだ。本サービスは年が明けて冬の間には始まる予定だそうだ。当面はアプリとは別に、ブラウザ上で展開されるとのこと。

 

また、mora qualitasの注目機能のひとつに「読み物」がある。現在、ごく一部の有名アーティストにコンテンツがあるのみだが、今後バイオグラフィーやレビューなどをまずは充実させていくそうだ。既成の音楽データーベースを流用するだけでなく、読み応えのある記事を来年春以降掲載していくとのこと。音楽雑誌に代わるような存在になれば、利用料を超えた満足感を得られるのは間違いなさそうだ。

 

「予定していた機能でまだ実装前ものもありますし、検索性やラインナップの充実はこれからも頑張って改善していきます。来年は、もともと告知していたことや、私たちが必要だと思っているものを実装していく年になるでしょう。ほかにもネットワークオーディオ機器に対応していくといったハード面の対応や、皆さんも期待されているソフトウェア面の対応も予定しています。オーディオファイルの方々に加えて、音楽ファンにも広くいいねと言ってもらえるサービスに成長させていくために、多面的なご提案をしていきたいですね」(黒澤氏)

 

最初は探り探りな試用だったが、いつの間にかライブラリにアルバムを追加するのが楽しくなり、ニューリリースに期待する日々に変わっていた。「気になっていたけど、購入したりレンタルしてはいなかった楽曲」を見つけたときの感動はサブスクならではだ。それを最低でもCD品質で聴けるのは本当によい時代になったと思う。特に印象に残ったエピソードとして、声優の堀江由衣の楽曲がハイレゾで追加されたときは心底感謝した。少年時代、お小遣いではCDを買えなかったけれど、意識していた声優だったので、新旧含めスタジオマスターで聞ける喜びと言ったらなかった。月額1980円というのは高額かもしれないが、ハイレゾクオリティ(最低でもCD)で聞けるなら、月に何枚かアルバムを聴くだけで満足感は得られそうだ。

 

スタジオマスターの音を広く届けたい

今回使ってみての感触としては、まだまだ発展途上のサービスであることは否定できない。話を伺った黒澤氏に、不満点も含め率直に伺ってみた。まず、対応サンプリングレートが96kHzまでに留まっている現状については、再生安定性を意識した機能面の制約ではなく、moraなりの考えがあるそうだ。

↑mora qualitasのサービスポリシーについて語る黒澤氏

 

「国内のハイレゾダウンロード配信サービスは、数字のスペックを追い求めすぎた面もあったと思います。96kHzやDSD 2.8MHzくらいまでは良かったのですが、192kHzや384Hz、DSD 11.2MHzなど、次々にハイレート化していき、本来は広く多くの人にスタジオマスターを楽しんで欲しかったのに、自ら敷居を上げてしまったという反省があります。そのためmora qualitasについては、まずは96kHzという、多くの楽曲が集中しており、ほとんどの環境で再生可能なスペックに対応を留めて、広く普及させることを目的に続けて行くことにしました。今後リリース予定のモバイル向けアプリはオフライン再生にも対応しますので、スマホのストレージ残容量にも優しい仕様になっています」(黒澤氏)

 

Amazon music HDが登場するまでは、国内でサービスを行っているハイレゾ対応のサブスクは存在していなかった。moraは、ありのままの音を聴いてもらうために、サブスクという選択肢を取ったが、それはあくまでハイレゾ(スタジオマスター)を聴いてもらうためのプラットフォームのひとつに過ぎない。

 

「mora qualitasの準備を始めた頃は、国内には競争相手が存在していませんでした。排他モードの対応は、他との差別化ではなく当然の機能として実装したのです。ストリーミングのメリットとして、人気のプレイリストから好みの曲やアーティストを探していけるというものがありますが、トラック単位で次から次へと流し聴きされてしまうのも現実です。私たちは、音楽に深くふれ合って、心に残るような楽しみ方を提案したい。それは、CDを買ってブックレットのライナーノーツを読み込むような楽しみ方を、ストリーミングでも提示できないかということです。読み物やバイオグラフィーの提供によってこれまでの楽しみ方とストリーミングを融合させたいのです。ダウンロード配信はリスナーが購入したらローカルのいちデータなので、基本的にはお客様にお任せです。ストリーミングでは、届けたい情報をこちらでコントロールし、アップデートしていける。ダウンロード配信では越えられない壁を越えていけると思います」(黒澤氏)

 

現状、mora qualitasで聴かれているジャンルは、ポップスから、ジャズ/クラシック、そしてアニソンまで満遍なく再生されており、それぞれのカテゴリーごとに大きく差は開いていないとのこと。開発元のRhapsody社は、ほかのストリーミングサービスのようにライトなポップスが多く聴かれると予想していたようで、この結果に驚いているそうだ。黒澤氏は、ありがちなストリーミング的ランキングに収まらなかったのはむしろ嬉しいことと話してくれた。筆者も同じ気持ちである。

 

国内メーカー発のハイレゾ対応サブスク、mora qualitas。1ヶ月間の無料体験ができる体験版は、常時配信中だ。ぜひ、試用して“スタジオマスター聴き放題“の世界に浸っていただきたい。

 

年明けに掲載予定の後編では、いよいよ待望のモバイル向けアプリについて、その概要や体験レポートをお伝えする予定だ。現在、UIもほぼ固まり、開発も佳境に入っているとのこと。期待して待ちたい。