ブランドの創立から95周年を迎えたSHURE(シュア)が、コンシューマー向けイヤホンの新しいコアシリーズ「AONIC(エイオニック)」の有線イヤホン「AONIC 3」「AONIC 4」「AONIC 5」を発表しました。今回は新製品を一斉に試聴したインプレッションを報告します。
シュアのコンシューマー向けイヤホンといえばSEシリーズがあまりにも有名です。今回発売される3つの製品はそれぞれSEシリーズの主力ロングセラーモデルのDNAを継承しています。なおAONICシリーズには今後、アクティブノイズキャンセリング機能を搭載するオーバーヘッド型のワイヤレスヘッドホン「AONIC 50」という新製品の発売も控えています。
シングルBAドライバー搭載機「AONIC 3」
AONIC 3は、SEシリーズのシングルBA搭載機「SE315」と入れ替わって登場する後継機です。
2020年は新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けて、毎年春にフジヤエービックが開催する「ヘッドフォン祭」が4月25日にオンラインで実施され、Web発表会に登壇したシュア本社のマット・エングストローム氏がAONIC 3の開発に至った経緯を振り返りました。
エングストローム氏はAONIC 3が「多くのファンに愛され、生産完了後も復活が望まれてきたシュアのイヤホン『E4C』のエッセンスとスピリットを継ぐイヤホン」であるとしました。E4Cは固定式ケーブルのイヤホンでしたが、AONIC 3はMMCXコネクタによる着脱機構を採用しています。
イヤホンの本体が細くスリムなので、耳が小さい方も最適なフィット感が得られるでしょう。装着スタイルはイヤホンから伸びるケーブルを耳の裏側に掛ける“シュア掛け”が基本。低反発フォームタイプのイヤーピースを指でつぶしてから耳に入れると、耳の中で膨らんでちょうど良いフィット感と高い遮音性能が得られます。耳とのコンタクトがほぼイヤーピースだけの状態になるので、SEシリーズのようにイヤホンのシェルがピタリと耳に張り付く装着感が当たり前になっていた筆者は最初は少し戸惑いました。でも慣れてくると、耳の皮膚呼吸が遮られない感じが心地よくなってきます。
AONICシリーズ各製品の試聴はソニーのウォークマン「NW-ZX507」をリファレンスにして、ハイレゾ音源やAmazon Musicで配信されている楽曲を中心に聴きました。
スリムな外観にそぐわず、AONIC 3はどっしりとしてパンチの効いた音を聴かせてくれるイヤホンという印象。特に中高域のまとまりが良く、アコギやピアノのメロディが束になってガツンとぶつかってくるような迫力があります。ロックやダンスミュージックのメロディが伸びやかに歌い、肉厚な余韻を響かせます。
ボーカルは声の輪郭に張りがあって、抑揚の表現力にも富んでいます。ジャズのビッグバンドの楽曲にもよく合いました。楽器の音色、定位も鮮やか。ベースやドラムスのリズムは制動が効いていて、タイトで切れ味も冴えています。刻まれるグルーヴがとても軽やか。
筆者のいつものハイレゾ楽曲をひとしきり聴き直してみると、AONIC 3が描き出すサウンドステージがとても広いこともわかりました。コスパも驚くほど良いイヤホンだと思います。早くもロングセラーの予感が漂ってきました。
シュア初のハイブリッドドライバー搭載「AONIC 4」
AONIC 4は意外にもシュア初のハイブリッドドライバーを搭載するイヤホンです。BA型と6.8mmのマイラー振動板ダイナミック型ドライバーをそれぞれ1基ずつ載せています。本機の発売後もデュアルBA型ドライバー仕様の「SE425」は販売を継続されるとのこと。
本機の開発秘話は、先述のWeb発表会に登壇したシュア本社のショーン・サリバン氏が話してくれました。
サリバン氏は「BA型とダイナミック型のドライバーは電気特性や力学特性が違うため、ひとつのイヤホンに合わせて搭載することがとても難しいという理由から、シュアではこれまで長くハイブリッド型イヤホンを手がけてこなかったのだ」と前置きをした上で、ある重要な人物の粘り強い頑張りによってAONIC 4がこの世に生み出されたのだと振り返ります。その人物とは、サリバン氏が“ワールドクラス”と称える音響エンジニアのパリー・サンガリス氏です。
サンガリス氏が何度もトライアル&エラーを繰り返した末に、ある日できたプロトタイプを試聴してみたところ、サリバン氏がその日の仕事がまるごと手に付かなくなるぐらい夢中になって聴いてしまうサウンドに到達していたそうです。「素晴らしいプロトタイプができて、よしこれで行こう!と一同奮起したことでAONIC 4が完成した」といいます。
AONIC 4はSE425と比べて本体のシェルが丸みを帯びたラグビーボールのような形をしています。フィット感の好みは人それぞれだとしても、ハイブリッドドライバーを搭載するイヤホンにしては本体が小さく軽いことが大きなメリットでしょう。初めてシュアのイヤホンを使う音楽ファンも抵抗なく身に付けられそうです。シェルの外側のパーツが半透明になっていて、内部のパーツが透けて見えるデザインもマニア心をくすぐります。
サウンドは艶っぽいディティールの再現力に富んでいます。微小な音がクリアで粒立ちよく、空気が澄み渡った音響空間がイメージできるほど。中低域は熱量たっぷり。長年シュアのハイブリッド型イヤホンを待ちわびたファンは、この完熟ぶりに熱狂すると思います。
中高域の見晴らしが良く、広大なサウンドステージが描かれます。AONIC 3のタイトな力強さに対して、AONIC 4はしなやかで緻密、透明かつ繊細。ジャズのピアノトリオではピアニストの指先を繊細に描きながら、軽快なタッチのメロディを広々とした空間に響き渡らせます。ドラムスのクラッシュやハイハットのシルキーな高音域の余韻が演奏空間をゆっくりと満たしていきます。
ジャズのビッグバンドは管楽器の高音がとても煌びやか。エレキギターのコードカッティングが小気味よくジャキジャキっと刻まれます。ボーカルはミントのように爽やかな余韻を残しながら耳元を駆け抜けます。
SE846のノズル交換システムを搭載した「AONIC 5」
AONIC 5は今回発表されたAONICの有線イヤホンのなかでは最上位のモデル。シュアの名機「SE535」をベースに進化を遂げた新製品になります。AONIC 5の発売後もSE535/SE535 Special Editionはともに販売を継続するそう。
AONIC 5もAONIC 4と同様にイヤホンのシェルはラグビーボールのような曲線を活かした新しいデザインになっています。SE535 Special Editionと並べてみると、シェルのサイズはわずかに小さくなったようにも見えます。
AONIC 5は無色透明のクリア以外のカラーバリエーションモデルはシェルの外殻が着色されていて、内側から内部の構造が見られます。
搭載する合計3基のBA型ドライバーは高音域に1基、中低域に2基を割り当てる2ウェイ構成。1.6kHz帯にクロスオーバーを設けて、中低域用として設けた2基のBA型ドライバーは高域用のドライバーよりも少しだけサイズが大きく、同じ帯域をタンデム駆動でカバーしながら豊かな中低音を再現します。
AONIC 5の大きな特徴は、2013年に発売されたSEシリーズのフラグシップである「SE846」が備えるノズル交換システムを搭載したこと。標準の「Balanced」のほか、高域に特性を持たせた「Bright」と温かみのある中低域を再現する「Warm」の3種類のノズルをパッケージに同梱しています。
専用工具を使ってノズルを固定するパネルを外してから、ノズルチューブを差し替えます。ノズル交換はユーザーが自身で簡単にできます。なおAONIC 5はノズル自体を交換する方式です。メタルノズルの中にフィルターを装着して交換するSE846のノズルとは構造が違うため互換性はありません。
それぞれのノズルの効果についてはシュア本社でAONIC 5を担当したスティーブ・メリック氏がWeb発表会のなかで説明しています。「Balancedはプロのミュージシャンやエンジニアがリファレンスにするようなフラットバランスでクリーンなサウンドを意識した。Brightは高域のエネルギーやディティールの向上、音場の広がりを引き出せる。Warmは私の個人的なフェイバリット。中低域のナチュラルな再現を引き出し、音像定位をどっしりと安定させる。それぞれをぜひ好みや楽曲ごとに変更して楽しんでもらいたい」と話していました。
ノズルを交換して聴き比べてみる
ここで実際にノズルを交換しながら試聴してみましょう。Balancedのノズルは、ミドルレンジがとても肉厚で、まるで本物の人の声、楽器の音に耳を近づけて聴いているように錯覚してしまうほど鮮烈なリアリティを実感します。音の彫りが深く、ディティールの描き込みも丁寧。ジャズのビッグバンドの金管楽器はロングトーンがまっすぐに力強く伸びて、芯の力を残しながら余韻の向こうの静寂に消えていきました。
ノズルをBrightに交換するとボーカルの声に一段と磨きがかかって滑らかになりました。声のビブラートや息づかいなど、細やかな質感を伝える情報にフォーカスが合って、音の力が肌にピリピリとした緊張感を伝えます。Balancedのノズルよりも低音のバランスはやや控えめな印象。
Warmのノズルはピアノの低音、ベースやドラムスのリズムセクションにどっしりとした濃密さを加えます。厚みのある低音を土台に、中高域とバランスの良いピラミッドを形作ります。ボーカルの声質がややスモーキーになり、色気をまといます。筆者はギターが好きなので、アコースティックギターのコードストロークがゆったりとした響きを残すAONIC 5のWarmフィルタのリスニング感に愛着がわきました。
AONIC 5は「人の声」の再現性に優れるイヤホンです。イヤホンをスマートフォンにつないでNetflixのドラマやアニメを再生してみると、映像を目で見るだけではわからない、役者の感情表現が繊細に移り変わる様子を、まるで目に見えるほどリアルに捉えます。微小なニュアンスの変化を正確にトレースできるイヤホンは、シアター鑑賞にも向いているといえます。
今回紹介した3つのAONICシリーズのイヤホンは、パッケージに3ボタン式のUNIケーブルを同梱しています。
リケーブルを楽しみたくなったら、シュアからもBluetoothアダプターの「RMCE-BT2」やiPhoneのLightning端子に直結できる「RMCE-LTG」などの多彩な交換ケーブルのバリエーションが発売されていることを思い出して下さい。もちろんサードパーティー製のMMCXコネクタに対応するリケーブルにも多くの対応製品が見つかるはずです。また長く愛情をかけたくなるイヤホンがシュアから誕生しました。できれば3つの機種をぜんぶ買い揃えたい!
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