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2017/12/28 11:00

早逝したミスター・ラグビー平尾誠二とノーベル賞受賞者・山中伸弥教授の知られざる友情の物語

平尾誠二さんが亡くなったと知ったとき、私はあのはじけるような笑顔を思い出しながら、「そんな、あり得ない。駄目でしょ?そんなこと」と、うめいてしまった。

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ミスター・ラグビーと呼ばれた男

平尾さんは、華麗なテクニックと頭脳的なプレーでラグビー・ファンを魅了し、現役引退後も神戸製鋼のラグビー・チームであるコベルコ・スティーラーズのGM兼総監督として活躍していた方だ。すらりとしたスタイルに端正な顔立ち。心身共に健康そのものという姿しか思い浮かばない。

 

そんな彼がまだ53才の若さで亡くなるような病におかされるなんて。あり得るだろうか?あっていいのだろうか? しかし、あり得ないことは起こり、彼はそのむごい現実に立ち向かった。ご家族の愛情と深い友情に支えられながら、頑張ったのだ。

 

友情 平尾誠二と山中伸弥 最後の一年』(講談社・刊)は、彼の親友であった山中伸弥先生と奥様の惠子さんが、平尾さんがどんな風に病気を受け入れ、戦い、そして、亡くなったかを克明に描いたものだ。

 

 

平尾さんの魅力

平尾さんは独特な魅力を持った方だった。
その見事な話術と輝くようなオーラは、天性のものだったのか、努力して培ったものか、私にはわからない。しかし、周囲の者を虜にする魔力を持っていたのは確かだ。多くの人が平尾さんに会うと、子供のように喜び、その言葉に耳を傾けた。

 

私など、ほんの数回、お会いしただけだが、平尾さんから伺ったお話は今も強く深く心に残っている。「ああ、あの時、平尾さんはこんなことをおっしゃっていたな」と、ふとした瞬間に、蘇ってくるのだ。

 

 

考えても仕方がないですから

彼の著書『勝利のチームメイク』の書評をすることになったときのことだ。お世話をしてくださる方がいて、数人で会食する機会があった。その日、平尾さんは東京から大阪へ新幹線でやってくることになっていた。ところが、強風だったか、架線故障だったかで、新幹線が遅れているという連絡があった。

 

それでもたいして遅れることなく、平尾さんはやってきた。
「申し訳ない、遅れまして」と、謝りながら…。
彼が足早に部屋に入ってきたとき、私はつい聞いてしまった。「イライラなさったでしょう? 胃が痛くなっておしまいになったんではないですか?」と。
すると、彼は「いや、考えても仕方がないですからね。たぁだ、乗ってましたわ、新幹線に。だって動かないものは仕方がないですもん」と、にっこりなさった。

 

なるほど、確かに…。
「動かないものは仕方がない」。
私は納得しながら、同じ言葉を繰り返した。

 

 

しゃああらへんわね

彼が、突然、吐血したのは、2015年9月のことだという。
前日まで元気そのもので、山中先生たちと楽しくご飯を食べていたというのに、突如、末期の癌に冒されていたことを知ったのだ。

その時の様子を奥様の惠子さんは、こう記す。

 

検査結果を知らされた主人はびっくりして、「嘘やん」と、ひとこと言いましたが、取り乱すことはなく、「薬は効きますか」と、尋ねました。(中略)そして、心境を尋ねられると主人はこの時も淡々と、「うーん、しゃああらへんわね(仕方がないですよ)。(癌に)なってしまったんだから」と、答えました。

(『友情 平尾誠二と山中伸弥 最後の一年』より抜粋)

 

自分の身に起きた残酷な事実を新幹線が遅れたときのように、「仕方がない」と、受け入れる。
それができるのはやはり彼が「平尾誠二」だからだろう。

 

 

山中伸弥が一緒に戦ってくれた

自分の病気を家族以外には知らせなかった彼だが、仲のよかった山中先生には相談しようと、病室から電話をかけたという。そして、その日から、山中先生は、平尾さんと家族に寄り添って、一緒に戦う仲間となった。それはまさに「チームワーク」と呼ぶべき素晴らしい関係だった。

 

山中先生ご自身も平尾さんの「しゃああらへんわね」の言葉に打たれた一人だ。

 

癌を告知された時、彼はひとこと、こう言ったそうです。
「しゃああらへんわね」
理不尽を嘆いてもしかたない、現実として受け入れ、そのなかに希望を見出していこうと説いてきた平尾さんは、癌告知という極限の状況にあっても、その姿勢を貫きました。

(『友情 平尾誠二と山中伸弥 最後の一年』より抜粋)

 

 

スーパームーンに願ったことは

『友情 平尾誠二と山中伸弥 最後の一年』には、これまであまり知られることのなかった、夫としての平尾さんの横顔も記されている。
私事だが、私の夫も重篤ではなかったものの、筋肉の癌になり、化学療法、そして2度にわたる手術と夫婦で不安な日々を過ごしたので、以下のエピソードは胸に迫る。

 

初めて抗癌剤の投与を受けた日の夜、病室から見たスーパームーンがあまりにきれいだったので、主人が「散歩に行こう」と言い、二人で病室を出ました。
願い事が叶うと言われるスーパームーン。主人は「けいちゃんがずっと幸せでいられるように」と茶目っ気たっぷりに言いました。

(『友情 平尾誠二と山中伸弥 最後の一年』より抜粋)

 

けいちゃんとは奥様の惠子さんのことだ。

平尾さんの願いは、自分の病気が治ることではなく、「けいちゃん」が幸福でいることだったのだ。

 

切なくて、悲しくて、もうなんと言っていいのかわからない。ただ、平尾さんは、やはり最後の最後までかっこいい、ミスター・ラグビーの名にふさわしい方だったのだと思う。

 

 

【著書紹介】

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友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」

著者: 山中伸弥、平尾誠二・惠子
出版社:講談社

2010年、雑誌の対談で初めて出会った二人は急速に仲良くなり、やがて親友と呼べる関係になった。出会ったときはすでに40半ばを過ぎ、二人とも超のつく有名人。でも、そんなことは一切関係なく、ただ気のあう男同士として酒を酌み交わし、家族ぐるみで食事を重ねた。こんな関係がずっと続けばいいーー。お互い口に出さずともそう思っていた矢先、友・平尾誠二に癌が宣告される。山中伸弥は医師として治療法や病院探しに奔走。体調は一進一退を繰り返すが、どんなときも平尾は「先生を信じると決めたんや」と語る。そして、永遠の別れ。山中は「助けてあげられなくてごめんなさい」と涙を流した。
大人の男たちの間に生まれた、知られざる友情の物語。

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