キャラクターが多彩な戦国武将の中においても、織田信長の人気は群を抜いている。「歴史上の人物で好きなのは誰?」という質問は、歴史に興味がある者同士では避けられないものだが、信長は武将の枠を越え、さまざまなランキングで1位を獲得しているのだ。
例えば、テレビのスペシャル番組では好きな偉人のトップに選ばれ、(少し古いデータだが)NHK放送文化研究所が調査を行った「好きな歴史上の人物」でもNo.1に輝いている。
また、雑誌『歴史街道』のサイトにおいても、「上司にしたい歴史上の人物ランキング」、「サッカー日本代表を率いてほしい名将は?」 、「日本史上で最もすごい奇人は?」といったランキングで第1位となっている。
ちなみに、「いま日本の総理大臣になってほしい歴史上の人物は?」 というアンケートでは惜しくも2位。1位は坂本龍馬で、歴史上の人物で織田信長と渡り合える唯一のライバルと言っても良い。いずれにしても、信長人気を裏付けるエビデンスには事欠かないはずだ。
では、なぜそこまで人気が高いのか。その理由は、『新約織田信長。戦国時代の主役、信長は何をしたのか?何が凄いのか?何故人気があるのかを10分で解説』に整理されている。
・破天荒だった
・伝説的な勝利がある
・人を見る目があった
・戦略があった
・ビジョンを掲げた
・経済に対して敏感だった
・オシャレだった
・スケールが大きかった
・小さな軍勢から日本の中央を手中に収めた(『新約織田信長。戦国時代の主役、信長は何をしたのか? 何が凄いのか?何故人気があるのかを10分で解説』を基に作成)
独創的で、多彩な魅力の持ち主なのが織田信長と言えそうだ。ただし、実績はわかりづらい。豊臣秀吉は、農民から出世して天下を取った。徳川家康は、265年続いた江戸時代を作った。それらに比べ、織田信長は何を成したのか。のし上がったのはわかるが、確固たる功績はわかりづらい。ただし、ビジョナリーであり、既成概念を打ち破った革命家であったのは確か。個性的でありたい現代人からは、憧れられる存在なのかもしれない。
圧倒的な作品群を誇る人気武将
上に挙げたような織田信長の人物像は、作品で誇張された部分が大きいとも言われている。その真偽はさておき、信長を取り上げた作品は非常に多数。作品が多いからこそ人気が高まり、人気が高いからこそ次々と作品が生み出される好循環となっている。
具体的にどんな作品があるかと言えば、まずは坂口安吾の『織田信長』 を挙げたい。昭和の戦前から戦後に掛けて活躍した近代文学の代表作家が、天下取りに王手を掛けた織田信長と松永弾正、斎藤道三の奇妙な関係にスポットを当てた味わい深い傑作だ。
そして信長の一生を知るには、あきづき笙と小島剛夕によるマンガ『織田信長』がお勧めだ。信長の生涯を描いた作品はほかにもたくさんあるが、これは名作のひとつ。
また個人的に好きなのは、マンガ『センゴク』 。美濃出身の武将、仙石秀久が主人公だが、織田信長の人となりもよくわかる物語だ。丹念な歴史研究に基づき、通説や俗説を覆す仮設を提示するのも特徴だが、それに留まらず、大胆な描写がダイナミックで引き込まれる。(ちなみに『センゴク』には、続編の「天正記」、「一統記」に加えて外伝もある。私はそのすべてを一気に読破するほどのめり込んだ。)
夢のある “歴史改変SF” がおもしろい
史実に則った作品だけでなく、織田信長は創作のモチーフとしてもよく用いられる。多くは “歴史改変SF” と呼ばれるジャンルで、その説明はウィキペディアに詳しい。
歴史改変SF(れきしかいへんエスエフ)は、思弁小説(あるいはサイエンス・フィクション)と歴史小説のサブジャンルであり、実際の歴史とは異なる歴史の経過を経た世界を描くものである。いわゆる「クレオパトラの鼻が低かったら歴史が変わっていた」というような歴史上の「もし」に答を与える文学である。多くの作品は実際の史実に基づき、その上で我々の歴史とは異なる発展をした社会や政治や産業の状況を描くことを特徴とする。一般にフィクションは現実ではないという意味ではどの小説にも「歴史改変」的要素があるが、サブジャンルとしての歴史改変SFは、我々の歴史と異なる経過をたどる原因になった歴史上の分岐点が存在することを特徴とする。
(「ウィキペディア」より引用)
わかりやすいのは、タイムトラベルなどで過去に行って歴史を変えてしまうというストーリー。代表作は半村 良による小説『戦国自衛隊』で、そのリメイク版のマンガには織田信長も登場している。
また最近は、マンガ『信長協奏曲 (のぶながコンツェルト)』が人気。作年はアニメ化に加え、小栗 旬の主演によるドラマ化でも話題を集めた。また、ドラマの続編として映画化も予定されている。(参考:フジテレビ公式サイト)
歴史改変SFの中でも、スケールという面で他の追随を許さないのがマンガ『夢幻の如く』だ。『サラリーマン金太郎』 や『天地を喰らう』 などでも知られる本宮ひろ志の代表作のひとつ。織田信長が本能寺の変では死なず、海を渡って世界の覇王へ…という内容になっている。大胆な発想が痛快で、全12巻でもあっという間に読めてしまう。
実は、“本能寺の変で信長は死んでいない” という生存説は根強く残っている。その主な理由は、信長の遺体を確認した者がいないから。当時の本能寺は織田勢の補給基地的として火薬が蓄えられていたため、信長も爆散してしまったという説があるが、爆発の跡はなかったという説もある。
そう言えば、信長は自らを “第六天魔王” と称していたそうだ。生き延びていたとしても不思議ではない魔力のようなものを感じさせる。革命を目指すものは道半ばで果てることも少なくないはずだが、英雄やヒーローが簡単に死ぬはずないと思いたいだけなのかもしれない。
本能寺から脱出した後の説もいくつかある。代表的なのは、薩摩に逃げ延びたが傷が癒えずに間もなく亡くなったという説。また、秀吉に合流したが (本能寺の変の黒幕が秀吉で) すぐに幽閉されてしまったという説も。さらに、鉄船でフィリピンまで逃げ、イエズス会の手引でヨーロッパへ渡ったという説まである。
歴史に“ if ” はないと言うが、今の社会に批判したい部分があればあるほど、「もしも、あの暗殺事件が失敗に終わっていたら…」などと想像せずにはいられない。そうした “ if ” を作品としてまとめた歴史改変SFに胸躍るのは私だけではないはずだ。常識を覆し、革新的な戦略を実現していった織田信長が日本や世界へもっと影響を与えていたら、地球はもっと平和かつダイナミックになっていたに違いない。その途方もない理想形のひとつが、『夢幻の如く』には描かれている。
(文:平 格彦)
【文献紹介】
夢幻の如く
著者:本宮ひろ志
出版社:サード・ライン
本能寺で死んだ筈の信長は生きていた! そして「世界を切り取りに行く」と豪語する。天下を目指す秀吉、家康。信長暗殺を企む光秀。それぞれの野心が新しい歴史を生み出す。大胆な発想で贈る歴史フィクション。