本・書籍
2018/2/27 13:30

アラスカの町で犬たちと遊び、住民と友だちになった一匹オオカミがいた!

動物の物語はいつだって泣ける。けれども、それは犬や猫などペットの話がほとんど。野生の、しかも人間にとっては怖い存在であるオオカミの実話で涙がポロポロこぼれたのは、この本がはじめてだった。

 

ロミオと呼ばれたオオカミ』(ニック・ジャンス・著、田口未知・訳/エクスナレッジ・刊)はアラスカの町・ジュノーに現れた黒オオカミの奇跡の物語だ。

5971443 - wildlife: running pack of black wolves in a forest

 

 

黒オオカミとラブラドールが見つめ合っている?

表紙の写真に私は釘付けになった。雌のラブラドール・レトリバーの体型と顔がわが愛犬と瓜二つだったのにまず驚き、そしてその鼻先30センチのところに立っているのが犬ではなく、オオカミだったから「ウソでしょう!」と思わず声が出た。写真は合成でなく、本当の出来事で、そのときの様子を著者のニックはこう記している。

 

冬のある日、彼は妻と愛犬と散歩中に凍った湖の上に立つ黒オオカミと出くわした。首輪をつかんで止めようとしたが犬は彼の手を振り切り、一目散にオオカミのもとに走っていったという。夫妻は悲鳴をあげ、凍りついた。

 

いつものラブラドールらしい穏やかさは消え、半分催眠状態にあるかのようだ。オオカミとダコタは互いに相手をじっとにらみつけたまま動かない。忘れかけていた顔を見て誰だったかを思い出そうとしているようにも見える。まさしく、時間が止まったような瞬間だった。

(『ロミオと呼ばれたオオカミ』から引用)

 

ライターであり写真家でもあるニックは夢中でシャッターを押したそうだ。

 

しばし見つめ合った2匹だったが、やがて犬は飼い主の元に戻り、オオカミは遠吠えを響かせながら樹木の間に姿を消したそうだ。この出会いから、野生の黒オオカミは彼らの生活の一部となり、隣人となり、その付き合いは数年にも渡った。

 

黒オオカミは雄で「ロミオ」と呼ばれるようになった。散歩をする雌のラブラドールに並走するようにオオカミは走り、木々の間に姿を見せたり隠したりしながらついてくるので、著者の妻がロミオのようだと付けた名が町にも広がったのだ。

 

 

犬の99.98%はオオカミ!

犬の祖先がオオカミであることは誰でも知っている。ある研究によるとオオカミと犬の遺伝子配列はわずか0.02%の違いしかないことがわかっているそうだ。犬は人間の習慣に影響されて本能が薄められたバージョンのオオカミと言うこともできるのだ。

 

ロミオは犬と会うこと、遊ぶことをすべてにおいて優先していたそうだ。雌犬とも繁殖目的で近づくのではなく、あくまでプラトニックラブだったという。

 

本書には、ロミオが犬たちと戯れ遊ぶ様子、人間の子どもの目の前を平然と歩くロミオの姿など、普通ではありえない写真が多く掲載されている。

 

人は「オオカミ」と聞いただけで本能的に恐怖心を抱く。童話や絵本でやさしく愛らしい「クマ」の物語はあっても、よい「オオカミ」をイメージした話はほとんどない。著者のニックによると、この恐怖心は事実によるものではなく、感情によるもので、オオカミを観察する時間などほとんど持たなかった人たちによってあおられてきたものだという。

 

それにしてもロミオはなぜ、飼い犬や人々に近づいたのだろう? 餌は大自然の中で自ら捕獲し見つけていたらしく、食べ物を求めて町に現れたのではないのは事実のようだ。

 

彼は、このあたりをうろつき、僕たちの犬にちょっかいを出し、どういうわけか信じられないほどリラックスして、イヌ科の動物同士の交流のブローカーである人間たちを安心させるような行動を見せた。まさに「礼儀正しい」という言葉がぴったりだった。まるで新しい土地にやってきた外国人が、その土地のルールや社会的な約束事を理解しようと努め、できるだけ不作法を避けようとしているみたいだった。

(『ロミオと呼ばれたオオカミ』から引用)

 

 

裏切り者は誰だ!

自分の命を危険にさらしていたのはロミオのほうだった。はじめは限られた住人とその飼い犬たちだけが知るオオカミだったが、噂は広がり新聞にその様子が掲載されると、ロミオは一躍有名になってしまった。

 

オオカミを深追いする人間、リード無しに無防備に飼い犬をオオカミに近づけようとする飼い主など、マナーの悪い見物人も現れ、事件が起きるのではないかと住民たちの不安は増していく。行方不明になった犬が事実確認もなく「オオカミに食べられた」と騒ぎになったこともあったそうだ。

 

しかし、最後の最後に裏切ったのは人間のほうだった。人に慣れ、人を信頼していたがためにロミオは密猟者の銃弾によって命を絶たれてしまった。

 

密猟者2人はわざわざジュノーを旅し、有名なオオカミを殺したのだ。ロミオがどんなオオカミで、ジュノーにとってどんな存在だったかを犯人たちは知っていた。ロミオを殺して住民たちが傷つく、そのことで満足感を得たというとんでもない人間。犯人たちは逮捕、起訴されたが、執行猶予と罰金だけという、ジュノーの住民たちにとってはやりきれない結末となった。

 

裁判所の小槌が振り下ろされると、なめし皮は法廷のロビーに移された。警察官が見守るなか、僕たちはそこに集まり、順番にロミオの近くへ行った。背中の毛をなで、見えない目をのぞき込み、「さよなら」とつぶやく。ロミオが逝ってしまったことはわかっていたが、僕たちはそこであらためて永遠に癒えることのない痛みを感じた。

(『ロミオと呼ばれたオオカミ』から引用)

 

その後、ジュノーの町にはロミオの記念碑が建てられ、そこにはこう記されている。

ROMEO 2003~2009

「ジュノーのフレンドリーな黒オオカミの霊は、この自然豊な土地で生き続ける」と。

 

【著書紹介】

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ロミオと呼ばれたオオカミ

著者:ニック・ジャンズ
出版社:エクスナレッジ

アラスカの町に現れたオオカミと人々との感動の物語。凍った湖の上に現れては人間や犬と交わり、いつしか町に溶けこんだ黒いオオカミ。彼の常識を覆す数々の行動と、住民との触れ合い、そして衝撃的な運命を、30年以上オオカミを追い続けてきた著者が描く。人間と野生との関わりのあり方について真摯に問いかける、傑作ノンフィクション。

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