寂聴先生、90代でパン好きになる
わたしが献立を考えるときは、苦手な和食はパス。必ず洋食にし、パンが欠かせない。「パンなんて普通じゃない」と拍子抜けされるかもしれないけれど、先生はわたしと朝食をとるまで、ほとんどパンを食べなかったそう。
(中略)
先生はメイプルキャラメル味がお気に入りで、「おいしい。おいしい」とうれしそうにほおばってくれる。(『おちゃめに100歳! 寂聴さん』から引用)
寂聴先生が、美人秘書の瀬尾さんに教わったのは「パンのおいしさ」だけではありません。じつは、寂聴先生が「お菓子」を食べるようになったのも、若い女性である瀬尾さんの「スイーツ好き」に影響されたからだそうです。
菓子折りをおみやげにして寂聴先生を訪ねてくる人は、あとを絶ちません。しかし寂聴先生は、いままで甘いお菓子に見向きもしませんでした。
それなのに、スイーツ好きの瀬尾さんが来てからは「お菓子っておいしいのね。こんなにおいしかったなんて。今まで食べなかったのが惜しい」と言って、天台宗の尼僧からスイーツ女子へと宗旨替えしたそうです。
奇縁が結びつけた「最強のふたり」
先生は強い人だけど、先生は孤独だ。孤独を好んで生きてきた。本当に苦しいと弱音を言える人はいるのだろうか。誰かに心から頼ったりできるのだろうか。
「わたしは死んでも先生を守ります、先生が嫌じゃなければ」という気持ちでいる。(『おちゃめに100歳! 寂聴さん』から引用)
寂聴先生が健やかなときだけでなく、90歳をすぎたときに発覚した「胆嚢がん」の闘病生活を支えたのも、瀬尾さんでした。衰弱と激しい痛みと向き合う寂聴先生を、身の回りの世話をしながら瀬尾さんは励まし続けました。
今でこそ、離れがたい関係になったふたりですが…。じつは、瀬尾さんは「瀬戸内寂聴」のことを何も知らず、ただのお坊さんの世話係のつもりで面接を受けて採用されてしまった、というエピソードがあります。
新米秘書の瀬尾さんは、生身の「瀬戸内寂聴」と寝食を共にするなかで、多くの人たちに慕われ尊敬される姿を目の当たりにします。そのあと、興味をもったので、出家する前の「瀬戸内晴美」時代の著書を読んで、おちゃめに見える老作家が歩んできた修羅道のような人生を知りました。
話題の美人秘書・瀬尾まなほさんは、「過去の栄光」から瀬戸内寂聴のことを知ったのではなく、「ありのまま、生身のすがた」から寂聴の本質を感じ取るという貴重な体験をした人物です。本書を読むと、人と人が理解しあうことの不思議や大切さについて考えさせられます。
【著書紹介】
おちゃめに100歳! 寂聴さん
著者:瀬尾まなほ
発行:光文社
95歳の寂聴先生。2014年の壮絶だったがん闘病、そして今年はじめの緊急入院で2回のバイパス手術。しかし、目を見張る回復ぶりで術前より元気が漲っている―――。「まなほが来てから、よく笑うようになったと言われるのよ」その年齢を超越した元気の源は、7年前から傍らで24時間支えている秘書の著者だ。なんとその年齢差66歳!