本・書籍
ビジネス
2015/7/22 0:00

仕事との関係についてより深く考えてみたい今年の夏

以前、ブックエージェント的な仕事をしていた時期がある。英米の出版社が出している面白そうな本を探し、それを日本の出版社に紹介して、翻訳契約を結ぶところまで持っていく。ロサンゼルスやシカゴで行われる見本市にも毎年行っていた。
会場には、大小合わせて2000社以上のブースが設営される。ディスプレイされている本の数は圧倒的で、青木まりこ現象(書店やレンタルDVDショップで無性にトイレに行きたくなるあれ)を感じる人も多いのだろう。男女関係なくどこのトイレも長い列ができていた。

 

 

 

 シカゴ・ブック・エクスポ

 

ブースも巨大な大手出版社は、各国の大手エージェントを通じて大手出版社とのパイプをしっかり築き上げている。何人もいるスタッフは「私たち、どなたとでもお話しするわけではありませんよ」という態度を隠そうとしない。
シカゴの見本市に初めて行った時は、大手出版社ばかり回って適当にあしらわれることが続いたので、2回目からはインディ系の出版社に絞ることにした。アメリカの小さな出版社は、ニッチな市場を意識して、ジャンルもテーマもかなり絞り込んだ企画で勝負をかける。そんな中、1995年に『Vampires Are』(『バンパイアとは』)という本を見つけた。

 

 

最初の1冊はバンパイア本

 

ニューヨークにあるバンパイア・リサーチ・センターの所長を務めるスティーブン・カプラン博士という人物が書いた本で、初版は1993年。女バンパイアとのインタビューやバンパイア狩りの道具の細かい解説など、とても斬新な企画だった。
直接顔を合わせることはなかったものの、メールや電話でのやりとりの中で、大多数の人たちが苦笑いで済ませるだろうジャンルの研究に真摯な態度で向き合っていることが感じられた。
この本は1996年に新書で発売された。でも、想定読者層のパイがあまりにも小さかったようで、結果はさんざん。1994年に公開されたトム・クルーズとブラッド・ピットのダブル主役的なハリウッド映画『インタビュー・ウィズ・バンパイア』の残り香でいい方向に転がってくれることもうっすら期待していたが、見事な大スベリ。新しすぎた、とかいう問題ではなく、単に見誤っただけだ。

 

 

シンクロニシティのドキュメンタリー本

 

1998年、シンクロニシティ=共時性をテーマにアメリカ人作家が書いた『Synchronicity & You』(『シンクロニシティとあなた』)という本の翻訳本が発売されることになった。前の年のブック・エクスポで見つけた本で、著者自身がブースにいたため、その場でかなり深いところまで話を詰めることができた。2冊続けてスベるのは絶対にいやだったので、製作過程でもかなり力が入った。
そして、翻訳版発売後1週間くらいのある日。地下鉄に乗っていたら、真正面に座っていた男性がこの本を読んでくれていた。まさにシンクロニシティ。何らかの形で自分が関わったものを、お金を出して買ってくださる方がいらっしゃるという事実は本当に新鮮な驚きであり、それと同時に、確信めいたものを感じることができた。

 

忘れるべきではない仕事がある

 

この年の夏、サンタモニカのサードストリート・プロムナードにあるミッドナイトオイルという書店で、『Angel Therapy』という本を見つけた。ピンクのソフトカバーのこの本を最初に手に取ったのは、一緒にいた妻だ。いわゆるニューエイジ系の本で、キワモノが多いジャンルであることは否定できない。とりあえず買ってホテルに戻り、まえがきだけ読んでおこうと思って本を開いたら、そのまま一気に読み切ってしまった。翌朝、10時になるのを待って出版社に電話を入れ、日本語版出版の話をもちかけた。この時は不思議にどんどん話が進んで、1999年10月に翻訳版が発売された。
筆者が今も仕事を続けさせていただいているのは、『Synchronicity & You』と『Angel Therapy』のおかげだと思っている。 仕事と自分の関係を決定づける瞬間は、こんな感じでふいに訪れる。

 

 

11年間にわたる本作りのドキュメント

 

『NYブックピープル物語:ベストセラーたちと私の4000日』には、面白い本を作るという思いを形にするためのすべての要素がフローチャートのように示されている。そういうわかりやすい流れに、日々起こる予測不可能な出来事のエピソードがちりばめられ、著者と仕事との関係性が浮き彫りにされる。こう言おう。この本は、仕事を軸にしたとてもロマンティックなドキュメントだ。
中高生のみなさん。今年の夏休みに1冊読まなければならないなら、絶対にこの本です。大人のみなさん。自分と仕事との関係がぼやけ始めていなら、この本をぜひ手に取ってみてください。響くところが必ずあるはずです。

 

(文:宇佐和通)

 

 

【文献紹介】

NYブックピープル物語 : ベストセラーたちと私の4000日
著者:浅川港
出版社:NTT出版

アメリカの出版界へニッポンの編集者が飛び込んだ! 執筆依頼から原稿整理、全米規模の宣伝行脚など、英語漬けの世界で累計300万部のヒット作を飛ばすまでの涙と笑いの奮闘記。