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2018/5/23 6:00

【今日の1冊】“そこそこの無理”をしてこそ、自分の立ち位置が見つかる――『ティンパニストかく語りき』

きっかけとなった演奏会への招待券

ティンパニストかく語りき』(近藤高顕・著/学研プラス・刊)の著者・近藤高顕さんが、新日本フィルハーモニー交響楽団首席ティンパニストになるきっかけとなった出来事は、中学1年生の時にカラヤン/ベルリン・フィル演奏会への招待券が当たったことだった。

 

本当に夢のような話だが、この招待券を射止めたことがのちのち私を音楽の道へ進ませる大きなきっかけとなった。もしこの出来事がなかったら、私が音楽の道に進むことも、ティンパニ奏者になることもなかっただろう。

『ティンパニストかく語りき』より引用

 

近藤さんとは縁もゆかりもない筆者が言うのもなんだが、本当の始まりはここではなかったような気がする。ベンチャーズのファンだったという次のエピソードでもわかるように、ティンパニストとしての芽はすでに出ていたのではないだろうか。

 

ドラムスのメル・テイラーのパンチの効いたリズムが気に入った私は、父の大工道具の“キリ”をドラムスティック代わりに、近所の青果店からもらってきた段ボール箱を叩きながら、テイラーの真似事に興じていた。

『ティンパニストかく語りき』より引用

 

行くべき道は、おぼろげながらも見え始めていたはずだ。

 

 

まさに『運命』となった1曲

そんなある日、お姉さんが持っていたLPがふと目に留まり、何気なく聞いてみた。コロンビア交響楽団の演奏によるベートーヴェンの『運命』だった。

 

何かが理解できたわけではなかったが、なんとも不思議な感覚に惹きつけられながら、そのLPを何度も繰り返し聴いていたことを覚えている。

『ティンパニストかく語りき』より引用

 

そしてクラシックに興味を持った近藤さんは、“一風変わったジャケット”という独自の基準でレコードを選んでは買うようになる。話が前後するが、こうして買っていたLPの中に入っていたアンケートはがきを送ったところ、カラヤン/ベルリン・フィル演奏会への招待券が当たったということだ。

 

 

人は自らの立ち位置に導かれるのか

近藤さんは、ただ勉強している毎日に疑問を感じ、まったくノープランのまま1年の1学期で高校をやめてしまう。はっきり自覚していたのは、音楽の道へ進みたいという気持ちだけだ。すでに自分の立ち位置を意識していたにちがいない近藤さんにとっては、それだけで十分だったのだろう。お姉さんが習っていたピアノの先生を訪ねると、東京音大の付属高校へ入り直したらどうかというアドバイスを受けた。なかなか実現が難しいアドバイスである。しかし近藤さんは、これをあっさり実行してしまう。

 

ここまでの流れだけでも、そこそこ無理な感じは否めない。しかし、近藤さんが本格的に打楽器の勉強を始めたのは、“そこそこの無理”をクリアしてからだ。決定的な理由は、本格的に学ぶ上で年齢的に間に合うのは打楽器しかないという判断だった。近藤さんが師事したのは、NHK交響楽団のティンパニ奏者である。この時点ですでに、何十年後かの自分の姿が目に映っていたのかもしれない。

 

 

高2の夏に出会っておきたかった1冊

その後、近藤さんはドイツに留学してティンパニストとして修業を積み、帰国後は、ご本人の言い方をそのまま借りるなら“叩き上げ”続け、現在に至ることになる。この過程で語られる楽器や道具にまつわるこだわりやうんちく、近藤さんが出会った偉大なティンパニストの面々、そしてクラシック音楽という独特な世界に身を置く人ならではの興味深い話が綴られていく。

 

この本を読んで感じたのは、自分ならではの立ち位置を見つけ、迷うことなく行動してそれを手に入れた人ならではの言葉の響きの強さだ。揺るがない自信と楽しさに満ちている。ちょっともやもやしていた高校2年生の夏に出会って、インスピレーションを受けたかった1冊。そういう言い方をしておく。

 

 

【書籍紹介】

 

ティンパニストかく語りき

著者:近藤高顯
発行:学研プラス

中学1年生のある日、私の人生を決める1通の書留が届いた……。国際的ティンパニストが叩き上げオーケストラ人生を語る。カラヤンやチェリビダッケ、朝比奈隆ら音楽家たちとの出会い、ティンパニの裏話など、オーケストラ裏事情も垣間見られる面白エッセイ。

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