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2018/8/10 6:00

来る日も来る日も、駅で待ち続ける女性を見たことありませんか?――『オトナの短篇シリーズ02「怪」』

亡くなった飼い主が現れるのを、渋谷駅でじっと待ち続けた忠犬ハチ公のように、誰かが戻ってくるのをじっと待ち続ける人間もいる。彼らは実に辛抱強く待ち続けることができるのだけれど、それはなぜなのだろう。

 

 

待つ女の怖さ

女の人がぽつんとひとりで誰かを待っているというのは、さみしい感じがする。しかし、原宿や渋谷には時々、誰かを待っているような女の人がいる。交差点のあたりでぼうっとしているのだけれど、彼女らはカメラを携えた人が現れると途端に目を輝かせる。雑誌に載ったり、芸能界にスカウトされたりしたいのではないかと思われる。彼女らの待つ姿には夢がある感じがしてあまり怖くはない。けれど、叶うかわからない夢を追っている姿は、少しせつない。

 

そして、惚れた男を待つ女というのは、少し悲しい。特に、もう戻って来なそうな男を信じて待つ女の姿はあまりにもつらい。舞台『レ・ミゼラブル』のファンティーヌは、ひと夏の恋が連れ去っていった男を何年も待ち続けていた。おそらく、もう彼は戻っては来ないだろう。けれど、待っている。待つという行為が彼女のつらいシングルマザー生活の支えになっていたのだろうと思われる。

 

じわじわくる怖い話

オトナの短篇シリーズ02「怪」』(オトナの短篇編集部・著/学研プラス・刊)では、怪談風の、ちょっと背中がゾクッとする短編集だ。夢野久作や梶井基次郎など、文豪の作品が並ぶその目次には、親切なことに田中貢太郎の『終電車に乗る妖怪』の1分から、田山花袋の『少女病』の25分まで、読み終えるまでの分数が作品ごとに記されている。

 

どの作品もよくある感じの怪談とは少し趣が違う、読みながらなんとも言えない怖さがじわじわくる感じでかえって恐ろしい。読むとあたりが少しひんやりと感じて、寝苦しい夏の夜に読むのに実にぴったりの電子書籍だった。いわゆる幽霊話ではなく、実在の人間がしてしまったことという設定の話が多いのが、リアリティがあって怖かった。

 

 

駅で待ち続ける女

収録作品の中に太宰治の『待つ』を見つけた。読み終えるまでに5分という、とても短い短編なのに、一読した時にはすぐには作品の意味がわからなかった。しばらく考えて、そして、うわっ、怖い!と鳥肌が立った。

 

それは、買い物帰りに駅前のベンチに座る二十歳の女性の話である。彼女は毎日ベンチに座り、改札から出てくる人を眺めている。誰かを待っているのに、彼女にもそれが「誰なのかわからない」という。

 

戦争が始まったばかりで若い女性の心は不安定だったのだろう。こんな嫌な世の中から連れ出してくれる誰かが現れるのを待っていたのかもしれない。けれど、男に声をかけられると「おお、こわい」「私が待っているのはあなたではない」と拒んでしまう。やがて彼女は「私の待っているものは、人間ではないかもしれない」と思うようになっていく。若い女性なりの思いつめた感情がどんどん高まっていくさまを、息詰まる思いで一気に読んだ。

 

 

そこにあるかもしれない怖さ

『待つ』を読み終えてから、しばらくしてからふと「もしかして私が毎日使っている駅のベンチにも、毎日同じ女の人が座ってたりして」と想像した時に、急に怖くなった。この作品では、駅の名前をわざと教えないと書かれている。なので、もしかしたら私の家から最寄りの駅での話かもしれないのだ。

 

怪談というのは、身近な話かもしれないと感じた時に、一気に恐怖が募る。太宰治は、あえて駅の名を伏せることで、読者に(もしかして自分が使っている駅での話だったりして)と想像させる余地を持たせたのだ。もしかしたら自分の駅に「何か」を待ってベンチに座っている女性がいるのかもしれない。そう考えた時のなんともいえないゾクリという感触、これをこんな短い作品で味あわせてくれる太宰治は、やはり、天才作家なのである。

 

【書籍紹介】

 

オトナの短篇シリーズ02 「怪」

著者:オトナの短篇編集部(企画編集)
発行:学研プラス

夢野久作や田中貢太郎、村山槐多など個性的な怪談話や奇妙な作品を中心に厳選。魅力的な「怪」の作品と共に、編集部員の選考理由も掲載。電子書籍をまだ読んだ事がない! という方にもオススメの一冊です。

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