芸能界には「一発屋芸人」と呼ばれる人たちがいます。かれらは何処からやって来て、脚光を浴びたあと、何処へ去ったのでしょうか。
はじめて明かされる、一発屋業界の知られざる舞台裏とは? 元・一発屋芸人による渾身のノンフィクション本『一発屋芸人列伝』(山田ルイ53世・著/新潮社・刊)を紹介します。
白塗りの怪人「コウメ太夫」
コウメ太夫。鬘(かつら)、着物、白塗りメイク ── ゲイシャガールに扮した男性が、まるで壊れたからくり人形のような動きをしながら、喉からしぼり出した甲高い声で「チャン・チャカ・チャン・チャン〜♪」 という三味線のメロディを口ずさみ、コウメ日記と称する「ツキがなかったエピソード」を朗唱したあと、怒りをあらわにした表情で「チクショー!」と絶叫する。
#まいにちチクショー pic.twitter.com/HNlpdjghxN
— コウメ太夫 (@dayukoume) August 17, 2017
出オチ、ウケねらい、バカ殿もどき、意味がわからない、支離滅裂であると思われがちなコウメ太夫の芸風ですが……
大学中退後、幾つかの芸能事務所を転々とした後、梅沢富美男が主宰する劇団のオーディションに合格する。22歳の時であった。
(『一発屋芸人列伝』から引用)
梅沢富美男さんは、大衆演劇の舞台にて「女形」を演じているスターです。
是非お待ちしてます! pic.twitter.com/jAO3Hfyo2u
— 梅沢富美男 (@umezawatomio) August 3, 2018
コウメ太夫の奇妙な扮装は、梅沢富美男の艶姿が元ネタ。意外すぎて、びっくりしました!
コウメ太夫にまつわる誤解
本書『一発屋芸人列伝』によれば、マイケル・ジャクソンに憧れていた→ジャニーズ事務所をあきらめる→梅沢劇団に入門する→2年在籍したあと辞める→お笑いコンビ結成→解散→という流れで「コウメ太夫」が誕生したそうです。
社会的成功はキャリアの積み重ねによる必然ということが、よくわかる事例です。
ところで、コウメ太夫の代名詞といえば「チクショー!」です。一見すると、「ゲッツ!」や「○○ですから〜残念!」などのワンフレーズ型の一発屋と見なされがち。しかしながら、コウメ太夫における面白さの核(コア)は、前フリのエピソード部分にあります。
「露天風呂かと思って入ってみたら、ただの池でした」
「偏差値が低い学校に行ってみたら、先生がチンパンジーでした」
つまらないのに、なぜか笑いがこみ上げてくる。「完成度が低いネタ」の完成度が高い。ハズすことをハズさない。虚実皮膜のトートロジーを自在にあやつる。それこそがコウメ太夫の芸です。
ちなみに、一発屋芸人だからといって「芸がひとつ」とは限りません。現在のコウメ太夫さんは芸能活動をしながらアパート経営をおこなっています。
これまで紹介してきた『一発屋芸人列伝』を書いているのも、一発屋芸人と見なされているお笑いコンビ「髭男爵」の山田ルイ53世さんです。
再ブレイクを果たした「ルネッサ〜ンス」
髭男爵。黒いシルクハットをかぶったヒゲづらの男が、ワイングラスを掲げて「ルネッサ〜ンス」と挨拶をする。そのあと「貴族のお漫才」と称するコント形式のネタが始まる。相方のひぐち君がボケると、山田ルイ53世がツッコミながら、2人は息を合わせてワイングラスをカチンと重ねる。革新的なスタイルです。
2018年にあらためて鑑賞してもオンリーワンの内容であり、面白さの完成度も高い。それなのに漫才の内容よりも「ルネッサ〜ンス」のほうが爆発的に流行ってしまったので、ワンフレーズ型の「まぐれ」で売れたにすぎないと勘違いされがちです。
一発屋は、本当に消えてしまった人間なのだろうか。否である。彼らは今この瞬間も、もがき、苦しみ、精一杯足掻きながら、生き続けている。
(『一発屋芸人列伝』から引用)
敗残者の代名詞になっていますが、それは誤った認識です。一発屋=成功するまで続けた人。そして多くの一発屋が、困難である二発目(再ブレイク)にチャレンジしています。
山田ルイ53世さんは一発屋のレッテルを乗り越えるために、取材と執筆をコツコツ積み重ねて、本書『一発屋芸人列伝』の上梓にこぎつけました。その結果、第24回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞の作品賞を受賞しています。
本書は、一発屋芸人の著者が一発屋芸人について掘り下げた正統派ルポルタージュであり、平均的なタレント本とは一線を画するものです。著者である山田ルイ53世は、文武両道ならぬ…… 文「笑」両道を達成しています。
そのまんま東『ビートたけし殺人事件』から又吉直樹『火花』に至って、芥川賞受賞という絶頂期を迎えたお笑い芸人が小説を書くムーブメントに隣接するかたちで、本書『一発屋芸人列伝』を位置づけることができます。
文笑両道ムーブメントの旗手たち
文笑両道ムーブメントを考えるにあたっては、浅草キッドの水道橋博士による『藝人春秋』(文藝春秋・刊/2012年)を抜きにしては語れません。本書『一発屋芸人列伝』は、芸人が芸人について語ることを試みた『藝人春秋』の流れを汲んでいるからです。
さらに言えば『藝人春秋』は、俳優・山城新伍さんによる『おこりんぼさびしんぼ』(廣済堂出版・刊)の精神を色濃く受け継いでいます。この本は、役者を広義の芸人と見なした「若山富三郎・勝新太郎兄弟についての語り」です。そのほか、噺家にも文笑両道の人は多いですが ── それはまた別の話。
『藝人春秋』の文庫版には、追加コンテンツ(ボーナストラック)として「2013年の有吉弘行」が掲載されています。まさに『一発屋芸人列伝』を先取りした「番外編」と言えるものです。ご存知のとおり、水道橋博士も「文笑両道」の代表的人物です。
さらに付け加えるならば、『藝人春秋』文庫版の解説文を担当しているのは、お笑いコンビ・オードリーの若林正恭さんです。現役かつ売れっ子のお笑い芸人にしか書けない見事なセルフポートレイトに仕上がっています。若林さんは名文家として知られており、上梓したキューバ旅行記『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』が第3回「斎藤茂太賞」に選ばれました。
オードリー若林さんは、話題作である『天才はあきらめた』(山里亮太・著/朝日新聞出版・刊)という自伝の解説文も担当しています。南海キャンディーズ・山ちゃんが思いの丈を綴った『天才はあきらめた』も、通常のタレント本とは一線を画した「文笑両道」ムーブメントのなかに位置づけられる著書です。お試しください。
【書籍紹介】
一発屋芸人列伝
著者:山田ルイ53世
発行:新潮社
誰も書かなかった今の彼らは、ブレイクしたあの時より面白い!? レイザーラモンHG、テツandトモ、ジョイマン、波田陽区……世間から「消えた」芸人のその後を、自らも髭男爵として“一発を風靡した”著者が追跡取材。波乱万丈な人生に泣ける(でもそれ以上に笑える)、不器用で不屈の人間たちに捧げるノンフィクション!