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歴史
2018/10/2 21:00

昭和のグッズをフィルムで撮影――『昭和のカケラ』が呼び起こす「あの時代」のニオイ

昭和生まれの筆者が明治生まれの人たちに対して抱いていたのは、とてつもなく昔の人というイメージだった。しかし来年の5月からは、自分自身がふたつ前の時代生まれのとてつもなく昔の人になってしまう。

 

 

あさま山荘事件ライブ放送

どの世代にも、その場の空気や温度、匂いまで思い出すことができるような出来事がある。昭和生まれの筆者の場合、それは何といっても1972年2月28日の「あさま山荘機動隊突入生中継」だ。どこのチャンネルだったかは忘れたが、この日オンエア予定だった「妖怪大戦争」という映画を楽しみにしていた。

 

しかし、NHKも民放各局も、昼前からあさま山荘事件特別番組を10時間以上にわたって放送し続けた。CMも流れなかったと思う。数時間経ったあたりで、子どもながらにとてつもない事態を目の当たりにしていることに気づき、「妖怪大戦争」のことは完全に忘れた。

 

そして、小・中学校は野球少年だった筆者には、プロ野球に関するふたつのシーンが鮮烈なイメージとして残っている。

 

 

長嶋引退セレモニーと「江夏の21球」

まずは1974年10月14日の長嶋茂雄引退セレモニー。対中日ダブルヘッダーの第2試合が終わったのは午後5時くらいだったと思う。その日はなぜか埼玉県の所沢市にいた。商店街の電気屋さんが大型のテレビを歩道に持ち出し、多くの人が集まる中であの名セリフを聞いた。向かいの肉屋さんからコロッケとかカツが揚がるいい匂いが漂っていたのを覚えている。

 

それに、1979年11月4日に大阪球場で行われた日本シリーズ第7戦。 肌寒い初秋の空気の中繰り広げられた「江夏の21球」は、鮮やかに覚えている。その日は野球チームの練習があって、その帰りに寄った中華料理屋さんでチャーハンを食べながら見た。

 

不思議だな、と思うことがある。一番印象に残っているのは最後のバッターを三振に取って水沼捕手と抱き合って喜ぶ江夏投手の姿ではない。ノーアウト1、2塁から敬遠された平野選手がバットを握った左手に力を込めながら江夏投手をにらみつけた視線なのだ。

 

あさま山荘事件も、長嶋引退セレモニーも江夏の21球も、フラッシュバックみたいな感じで甦ることがある。そして、そのスイッチを入れるものは日常に転がっている。

高校時代に直結するふたつのアイテム

時代という大きな絵を形作るのは大きなピースだけではない。当たり前すぎる、小さなピースも大切な要因であることに変わりはないのだ。そういったものを集め、紹介してくれるのが『昭和のカケラ』(佐賀新聞社・制作著作/学研プラス・刊)。62年と14日続いた昭和という時代を構成した小さなピースである、誰もが知っていたアイテムを丹念に選び出して紹介するという趣の一冊だ。昭和に関する“あるある本”でもあり、“キュレーション”でもある。

 

紹介されるアイテムは50以上。とりあえず、筆者の高校時代に直結するものをふたつ挙げておく。

 

<テーブル型ゲーム機>

インベーダーで大ブーム

40代以上に知らない人はいないテーブル型ゲーム機。昭和53(1978)年に登場した「スペースインベーダー」を皮切りに、大ブームを巻き起こした。佐賀市内の喫茶店に置かれているのは平成に入ってからのマージャンゲームだが、昭和の雰囲気を今に伝える。もちろん電源も入るが、壊れたら修理する業者はいないとのこと。(2017年4月27日付掲載)

 

<ソックタッチ>

靴下がずり落ちないように

「ソックタッチ」は靴下がずり落ちないようにふくらはぎに塗ったスティックのりのような商品。昭和の靴下はわりと長めが多く、しかも洗濯で伸びやすかった。主に女子が愛用していた。使用時は位置を決めた後に靴下を少し折り返し、そこにソックタッチをぐるりと塗ってくっつけた。すね毛が絡まると痛かった。(2017年7月5日号掲載)

 

『昭和のカケラ』から引用

 

昭和、特に30年代後半生まれの人たち、どうですか?  筆者と思い出のツボが同じで、この二つのグッズに直結するシーンをすでに思い浮かべてる人がそこそこいることは、わかってますよ。

 

 

昔のピースを今に当てはめてみる

「佐賀新聞」に平成29年5月から約1年間にわたって掲載された「昭和のカケラ」という連載記事を抜粋して紹介する過程には、以下のような基準が設けられている。

 

昭和のころを思い出すモノを約1年間、新聞の片隅で紹介した。あれもこれも、思いつく素材はキリがなかったが、写真を撮る都合上、実物が現存していないといけない。

『昭和のカケラ』から引用

 

平成も残りわずかというタイミングの今に“ド昭和”なカケラをはめ込んで、それを写真(すべて一眼レフのフィルムカメラで撮影されている)に残す。こういう作業を通じてまとめられた一冊が、アメリカの「LIFE」誌のようなオーラを発しているように感じられて仕方がない。

 

ごく当たり前だったアイテムや些細なシーンも、記憶に残る重要なピースなのだ。この本をガイドに、それぞれにとっての昭和のカケラを拾い集めてみよう。思い出のツボに突き刺さるアイテムが必ずあるはずだ。その過程は自分史の一部を顧みる行いであり、今よりもはるかに若かった頃の自分に再会するチャンスにほかならない。

 

 

【書籍紹介】

昭和のカケラ

著者:佐賀新聞社
発行:学研プラス

ローカル線の車窓から偶然目にするホーロー看板、実家でハンガー代わりに使われているぶら下がり健康器、昔ながらの喫茶店のテーブルに置かれたルーレット占い器…。絶滅危惧種の「昭和」も多いが、まだまだ現役選手も。懐かしいモノたちがスイッチとなり、記憶が次から次に湧いてくる。多感な時代を過ごしたせいか、それとも時代そのものが濃密だったのか。平成も終わりを迎えようとする中、昭和を感じさせるモノを記憶に留めるために、短文と写真で紹介する。写真は全てフィルムカメラで撮影。デジタルカメラとは異なる柔らかな写りも見どころ。

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