折り畳まれたページをパッとめくると、野菜が「すっぽーん!」と土から抜けちゃう、その単純さ、おもしろさ! そんな仕掛け絵本シリーズが累計100万部を突破している人気ユニット、tupera tupera(ツペラ ツペラ)のふたりを訪ねました。聞き手は“ブックセラピスト”として活動する、元木 忍さんです。
tupera tuperaの特徴は、工作、舞台美術、アニメーション、雑貨など、絵本という枠にとらわれない自由な創作スタイル。大人も子供も楽しめる大ヒット絵本が生まれた背景とは? そこから、彼らが創り出す世界の深層が見えてきました。
本にパンツをはかせたらいったいどうなる……?
元木 忍さん(以下、元木):美大在学中からさまざまな創作活動を行ってきたおふたりですが、そもそも絵本作家として出発したわけではなかったんですよね?
tuperatupera・中川敦子さん(以下、中川): そうですね。雑貨とか生活のシーンの中で使われるモノ作りをしてきた中で、絵本として初めて取り組んだのが『木がずらり』という、自費出版の本でした。街のおしゃれなカフェに、洋書の絵本が飾られていることってよくあると思うんですが、日本には作品としては優れていても、“飾る”という感覚で作られている絵本があまりないなと思っていて。『木がずらり』は、棚の上で屏風みたいにパーッと並べたときに、家の中に並木道が広がるっていうイメージから生まれたものです。もちろん絵本ですから、読んでも楽しめるように、ちょっとした言葉遊びのような文章も添えて。それを自費出版で作って、自分たちの展覧会で売るというところから始まったんです。
元木:おふたりの場合は、絵本を作るときにビジュアルと物語と、どちらが先に浮かぶのでしょうか?
中川:それは本によりますね。例えば『しろくまのパンツ』(ブロンズ新社)という絵本は、「本にパンツをはかせる」というアイデアから始まっています(笑)。あのしろくまは、木の立体物の展覧会をしたときに展示した壁掛けの作品が最初なんですね。実は、そのしろくまがパンツをはいていたんです。作品を見て買ってくださったブロンズ新社の編集長さんが、「これを絵本にしたらどう?」って提案してくださったところが始まりで。
元木:本にパンツをはかせる……それだけでもうインパクトありますね。
中川:あの時は、アイデアだけで出版社からGOサインが出て、内容も決まっていないのに出版スケジュールが出ていました(笑)。だから中身の構成や言葉などは後からやっていったのですが、『やさいさん』『くだものさん』(ともに学研プラス)のような仕掛け絵本も、だいたいそんなパターンが多いです。逆に珍しいのが、『ワニーニのぼうけん』(婦人之友社)かな。イタリアにパニーニって食べ物があるじゃないですか。これをモチーフに、イタリア人のワニの男の子で「ワニーニ」っていう名前が頭に浮かんで、その響きがなんだか可愛いねって。そこから、ワニーニを主人公にした物語を作ってみようとなりました。こんな風に物語から始まるパターンは珍しいかもしれません。
『やさいさん』『くだものさん』『ぼうしとったら』『かぜビューン』
各1026円/学研プラス
フリップをめくると野菜が土から抜ける「やさいさん」。帽子をめくったら意外な何かが隠れている「ぼうしとったら」など、4冊で累計100万部を突破したtupera tuperaの仕掛け絵本シリーズ。
ページをめくる=野菜を引っこ抜くという動作が自然に閃いた
元木:では、大ヒットしている『やさいさん』のような仕掛け絵本は、どんな経緯から生まれたのでしょうか?
中川:もともと学研プラスの絵本には、折り畳まれたページをめくると「いないいないばあ」のような感覚で絵が出てくる……というフリップ式のシリーズがあったんです。あるとき編集長の木村 真さんから、このシリーズで作ってみないかというお話をいただいたんですね。ちょうどそのころ私は上の娘が生まれて、ある雑誌で子どもと一緒に遊べるおもちゃを作ろうという連載をしていました。「やさいさん」と書かれた空き箱にカードがいっぱい刺さっていて、それを引き抜くと「すっぽーん!」と人参が出てくるおもちゃを紹介していたのですが、その「抜く」っていう作業と、フリップ式の絵本を「めくる」っていう作業がすごくピッタリくるなって閃いて。これは亀山の方が考えたんですけれどね。
tuperatupera・亀山達矢さん(以下、亀山): 編集長のキム兄(木村 真さん)とは、出会って5年くらい、ずっと飲み仲間だったんです。その間仕事をしたことは一度もなくて。本当に純粋な遊び仲間として付き合っていった中で、そろそろ作ってみようかって初めてやったのが、このシリーズだった。人として関係を温めておいた上でのモノ作りだったんで、本当に気持ちいい仕事になったと思います。ただ、いきなり2冊同時発売っていう条件が付いていたところには、苦労しましたけどね(笑)
元木:それがもう一冊の『くだものさん』ですよね。
中川:そう。でもこの仕掛け絵本は、フリップの部分を本の上下、左右とどちらにも展開できるんです。野菜は土から抜くものだから、フリップを上にめくる。果物は木の上から落ちてくるものだから、フリップを下にめくればいい。その動作がすごく自然に閃いたので、2冊がセットだったらすごく面白いねって盛り上がって。
亀山:我ながら見事な2冊だったと、今でも思っています。『やさいさん』は途中にモグラが出てくる箇所があるんですが、僕らはもともと本の最後にオチとして入れるつもりでした。それを途中のページに持ってきたのがキム兄。名編集長の采配です。
元木:そうだったんですね! 確かに、途中にモグラっていう変化球が出てくることで、最後まで楽しく読めるバランスになっていますよね。ところで、おふたりに役割分担はあるのでしょうか?
中川:『やさいさん』や『くだものさん』でいうと、私がもともとテキスタイル出身なので、植物は私の担当で、顔はほぼ亀山が仕上げています。『ぼうしとったら』や『かぜビューン』は、お互いに作りたいものをアイデアとしてたくさん出し合って、そのアイデアを全体のバランスを見ながら厳選していき、それぞれ自分が作りたいものを作っていきました。
自分が苦手な顔でも、誰かが好きになってくれたらいい
元木:『ぼうしとったら』と『かぜビューン』は、大人でもクスッと笑ってしまうような王道の面白さがたくさん詰まった作品ですよね。
中川:実は、自分の子どもとの遊びが元になっている作品なんです。ある日、メモ用紙を折ったものに、帽子をかぶっている人とちょんまげの人を描いたんですね。それをパッと開いて「ちょんまげ!」ってやったら、娘がゲラゲラ笑ってくれて(笑)。ちょうど木村さんから次の作品を打診されていた時期だったので、これは面白いかもって思いました。しかもこの時は、子ども自身もこの仕掛けを瞬間的に理解して、自分でメモ用紙を折って帽子を被った人を描き始めたんですよ。そういう遊びが生まれるっていうのもいいなと思いました。パッと瞬間的に理解できる、いい意味での“単純さ”って、私たちがずっと大事にしているところでもあります。単純に色が美しいな、面白いなって思わせてくれる、心を動かしてくれるものって、やっぱり強くて魅力的だと思うから。
元木:一方、顔担当の亀山さんはやっぱり顔を描くのがお好きなんですか?
亀山:うーん、実はそうでもないですよ。でも他人が作った顔には違和感があるかな。
元木:『やさいさん』も『くだものさん』もいろんな顔がついていますけれど、顔をつけるときはどんなことを考えていますか?
亀山:考えているというか……「大根ってきっとこんな感じだろう」というイメージですかね。それに全部が全部お気に入りじゃなくて、こいつの顔は嫌いだなぁっていう野菜もいます。
元木:えぇっ! そうなんだ!
亀山:誰だって好きな人もいれば嫌いな人もいるわけで、僕もこれだけいろいろな顔を作ってると、苦手な顔も生まれるものなんですよ。例えば僕からすると、『やさいさん』の中に出てくる「里いもさん」とは友だちになれないなぁとか思ったり、「カブさん」みたいな女性はあんまり好みじゃないなぁと思ったり。
元木:(笑)。でも、それでも描くんですね。
亀山:僕は好きじゃないけど、誰かは好きかなって。だから僕は、自分が嫌いなものも生まれたままに生み出してるんです。なぜかって、作ることで「人」を楽しんでるんですよ。自分が思ってもみないものを、誰かが好きになってくれたりするのって面白いじゃないですか。絵本も人によって読み方は違う。その瞬間に作品が化けるから面白いんです。
元木:tupera tuperaの絵本が、子どもだけではなく大人にも笑えるところは、その辺りに理由がありそうですね。
中川:自分の子どもたちに対してちょっとイタズラしてやろう、だましてやろうっていう遊び心はいつも持っていて(笑)、そこが作品にも出てるのかもしれませんね。私たちは今2人の子どもがいますが、必死に子育てしているっていうタイプではないから、その力の抜け方もいいのかもしれない。だけど一方で、『やさいさん』を食育とかエコの観点から評価してくださる方もいたり。
元木:もともとそういう観点やメッセージはない?
中川:食育を意識して作っているつもりはないですね。ただ野菜の皮の質感とか、その匂いや味がちゃんと伝わるようにデザインもこだわっているので、むしろそういう意味で興味を持ってくださる方がいるならそれもすごくうれしいなって。
最後に、アーティストとして、家庭人として、それぞれの役割をどのようにやり繰りしているのか、聞いてみました。
少しずつ築き上げてきた家事・育児・仕事のバランス
元木:おふたりは、仕事のパートナーでもあり夫婦でもありますよね。家にアトリエがあって仕事も生活もずっと一緒なわけですが、アーティストとしてぶつかったりすることはないんですか?
亀山:昔はよくぶつかっていましたが、最近はあまりないですね。ケンカするのが基本的に面倒だし、お互いがやったことに対して口出しもあまりしなくなりました。
中川:アイデアは亀山、私はどちらかというとデザインとか編集していく作業が好き。そこが最初から分かっているから、役割分担は自然にできてますね。夫婦、父と母としては、母親だから家事育児を全部するとか、父親だから外で仕事してくるとか、そういう考えも持っていません。一緒に仕事をしている分、その日相手がどんな仕事をしてきて、どのくらい疲れているかっていうことが伝え合わなくてもわかるから、自然と家事も分担できてるんだと思います。家事育児がままならなければ、結局仕事もままならないじゃないですか。だからやるべき時間の中で済ませられるようにお互いが動く。うちはそういう感じですね。
元木:それでも、お母さんの顔から仕事の顔に変わる瞬間ってあるのかなぁって、同じ女性としては気になります。
中川:そういう切り替えは意外とないっていうか、ずっと地続きな気がしますね。私たちって夜に仕事をするのが苦手なんで、朝子どもたちを送り出したら、9時から夕方の5時まで、割としっかり時間を決めて作業をするんです。それでもアイデア出しが間に合わなかったら、子どもたちとの朝食の時間でも仕事のことを話したりするのもアリ。子どもたちはつまらないから「違う話をしようよ」って口を挟んできたりするんですけど(笑)、そこは臨機応変にやっています。
元木:自分たちなりのリズム、バランスがしっかりできているんですね。
中川:2002年からふたりで作家活動を始めて、それから結婚して子どもが生まれるという過程で、もちろんバランスが崩れてしまうときもありました。だから、本当に徐々に築き上げてきたものだと思います。一緒に仕事をしている分、お互いの事情をいちいち共有する必要がないというのは、夫婦として確かにラクかもしれない。でもケンカはあまりしないとは言っても、アーティストとしてはもちろん違う意見も持っていますし、その差がないと仕事も作品もナァナァになってしまうので、そこを大事にし続けることが永遠の課題だと思いますね。
【プロフィール】
絵本作家 / tupera tupera・亀山達矢(右)中川敦子(中)
絵本やイラストレーションをはじめ、工作、ワークショップ、舞台美術、空間デザインなどで幅広く活躍する人気ユニット。2002年に活動をスタート。絵本『わくせいキャベジ動物図鑑』(ブロンズ新社)で第23回日本絵本賞大賞、『しろくまのパンツ』でマルセイユ 子どもの本大賞 2014のグランプリを受賞するなど、国内外にファンを拡げている。京都造形芸術大学 こども芸術学科 客員教授。
tupera tupera http://www.tupera-tupera.com/
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