本・書籍
2018/12/19 21:45

天才棋士はいかに「うつ」と向き合ったか?――『うつ病九段』

立派なうつ

先崎 学は幸運な人でもあった。兄が優秀な精神科医だったので、すぐに正しいサポートを受けることができたからだ。弟の様子を知った兄は、はっきり言い切ったという。医者らしい率直さで。

 

「これは軽うつ状態とか精神的不調なんかじゃなく、立派なうつ病なんだ」と。

 

うつ病は病気である。だったら治さなくてはいけない。そのために彼がしたこと。それは、しばらく将棋を休むと決心することだった。絶対にしなかった不戦敗をも受け入れなければいけない。幼いころから、将棋一筋で生きてきた彼にとって、1年近く将棋から離れることは、想像するだけでまさに死に匹敵する苦行であったろう。

 

しかし、彼は選択した。兄の「将棋を指すなんて無理だよ。全然無理」という言葉が、迷いを払拭してくれた。さらに、碁のプロ棋士である奥様の支え。家族の大きなサポートを受け、彼は精神科に入院した。

 

 

徳俵を行ったり来たり

もちろん、入院すればうつ病がすぐに治るというわけではない。それでも、投薬と休養によって彼は少しずつ元気になっていった。色を失っていた世界も次第に元の色彩を取り戻していく。

 

ただし、「はい!よく頑張りました! これで完治ね」というほどうつ病は簡単なものではないようだ。良くなったかと思うと、またどん底へ落ちそうになる。

 

うつには、まるで徳俵があるようだった。もう治ったんじゃないかと思ったら軽くぶり返してくる。

(『うつ病九段』より抜粋)

 

 

天才的な病人

『うつ病九段』を読んでいる間、幾度となく私は涙を流した。必死でうつ病から抜け出そうともがく先崎学。何とかして弟を助けようとする兄の血みどろの戦い。その記録は涙なしでは読めない。

 

兄は言った。

 

うつ病患者というのは、本当に簡単に死んでしまうんだ。(中略)究極的にいえば、精神科医というのは患者を自殺させないというためだけにいるんだ。

(『うつ病九段』より抜粋)

 

もし、あなたがなぜだかわからない憂鬱にとらわれ、それが長く続いていたら専門医に診せた方がいいと思う。たとえ精神科医のお兄さまがいなくても、誰かの助けを得ながら、なんとかうつ病を克服していくしかない。死の誘惑に身をゆだねるその前に。

 

うつ病で入院したことを隠さず天下に公表し、闘病の様子を詳しく描ききった先崎 学。天才棋士は、天才的な病人でもあったのだと、私は思う。

 

 

【書籍紹介】

うつ病九段

著者:先崎 学
発行:文藝春秋

「ふざけんな、ふざけんな、みんないい思いしやがって」。空前の藤井フィーバーに沸く将棋界、突然の休場を余儀なくされた羽生世代の棋士。うつ病回復末期の“患者”がリハビリを兼ねて綴った世にも珍しい手記。

楽天ブックスで詳しく見る
楽天Koboで詳しく見る
kindlleストアで詳しく見る

  1. 1
  2. 2