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2019/5/9 6:00

通勤読書には向かない!? 涙が止まらず思わず吹き出す電通マンの壮絶半生記――『迷子のコピーライター』

迷子のコピーライター』(日下慶太・著/イースト・プレス・刊)は、実に優れた自伝だと思う。

 

著者の名は日下慶太。電通のマーケティング・クリエーティブセンターで働く会社員であり、優れたコピーライターとして数々のプロジェクトを成功させた人でもある。

 

 

日下慶太を知った理由

彼は才能あふれるクリエイターだ。有能な若者を起用して、まるでクラブ活動のように楽しげにポスターを作る。できあがった作品は、もうどうしていいのかわからないほど面白い。いったいどうやったら、こんな「面白い」というか「おもろい」ものができるのだろう?

 

私は最初、広告マンとしての彼に興味を持った。電通マンがいかにして良い仕事をするようになるのか。そのノウハウが知りたくて『迷子のコピライター』を読んだ。ところが……。『迷子のコピーライター』は広告界のノウハウ本でなく、自分の人生を告白していることに、驚愕した。

 

 

日下慶太はどんな人か?

日下慶太が電通マンになるまでには、思いがけない物語があった。考えて見ると、おぎゃあと生まれたその時に、将来が決まっているはずがない。
長い長い旅路の果てに、人はプロフェッショナルになっていくものなのだろう。

 

大阪で生まれた彼は、大学在学中にユーラシア大陸を陸路で横断し、チベット、カシミールを放浪した。これだけでも驚きだが、何よりすごいのは、内戦中のアフガニスタンを「旅人」として訪れていることだ。各地でスパイに間違われ、危険な目に遭い、投獄されそうになりながらも、なぜか現地の人に助けられて無事に帰国している。

 

そして、次のような感想を残す。

 

アフガニスタンの人間は特殊な人間だと思っていた。戦争の国の戦争をする人間だ。だから考え方も何もかも違うと。しかし、男はみんな女に恋し、下ネタが好きで、おいしいものが食べたくて、ユーモアを愛した。ぼくは「戦争の国」というレッテルを貼り、彼らを見つめていた。とても失礼なことだった。戦地を旅するというヒロイズムに酔っていた。自分にヘドが出た。

(『迷子のコピーライター』より抜粋)

 

若い旅人のひたむきな本音がここにはある。

 

 

日下慶太、電通マンになる

旅から帰った日下慶太は電通に入社した。同時に始まった新しい日々。

 

東京暮らしも、スーツとネクタイ姿での通勤も、足が痛くなる革靴も、すべてが初めてづくしだ。それでも、次第に毎日の生活に慣れ、東京にも溶け込んでいた彼にいきなり人生がフリーズしてしまうような出来事が起こる。

 

だるさがとれないと悩みつつ、原因がわからぬまま過ごしていたある朝、試合で殴られたボクサーのように顔が腫れ上がってしまう。呼吸もできず起き上がることもできない。これは普通ではないと病院に行くと、「ネフローゼ症候群」との診断。腎臓の病気である。仕事は目白押しだというのに2か月の入院を宣告される。

 

おまけに、妻は妊娠3か月。華麗なる電通マンはいきなり「ネフローゼ症候群」の患者となり、死を思う毎日を過ごすようになる。それでも、身重の妻の看病を受けてどうにか退院することができた。自宅療法が続く中ではあったが、女の子が生まれ、日下は父親になった。ようやく訪れた幸福な日々…のはずだった。ところが、また、いきなりパンチをくらうような出来事が起こる。

 

 

日下慶太の天国と地獄

母からかかった一本の電話が、日下に思いもしなかった現実を突きつけた。妹が心肺停止状態に陥ったという知らせだ。東京から大阪へ、あわててかけつけた日下の前に脳死状態で横たわる妹。

 

娘の誕生とほぼ同時に起こった妹の悲劇。日常生活には、こうした天国と地獄が重なり合って起こることがあるのだろう。それは日下に、家族のささやかな日常がどれほど大事かを深く感じさせる出来事となった。

 

彼は思う。

 

死は遠くにはない。割と近くにある。見えはしないが隣町まで来ていた。ぼくには時間が残されていない。無駄なことをしている時間はない。何かをしなくてはならない。

(『迷子のコピーライター』より抜粋)

 

 

日下慶太、現場に戻り、走り出す

日下慶太は現場に戻り走り出す。といっても病み上がりの身。いきなり制作の現場に戻るのは難しい。そこで、とりあえず大阪の新世界市場という商店街で行われるお祭りの宣伝を手がけることから始める。

 

後に、彼は多くの町を興奮の渦にまきこむポスターを作るようになるが、そもそもの取りかかりは新世界でのこの仕事から始まったのだ。

 

新世界。そこは関西に暮らす人にはおなじみの場所だ。大阪のディープサウスとも呼ばれ、独特な雰囲気を醸し出す。私も串カツ屋や不思議なTシャツなどが売られているその街に頻繁に出かけている。つい先週も行ったばかりだ。

 

日下が手がけたのは、通天閣本通りを脇に入ったところにある全長100メートルほどの小さな商店街だ。彼にとってそこは「ただでさえ懐かしい昭和の商店街の風景がセピア色になっていた」場所だった。

 

セピア色の町の街おこしは、最初はあまりうまくいかなかった。商店街の人とコミュニケーションが不足していたためだ。そこで、彼は8つのルールを定め、実行する。

 

①おもしろいものを作ること

②お店にきちんと向き合うこと

③自分たちが好きなもののみ制作すること

④プレゼンはなし。できあがったものをそのまま納品。

⑤店主が気に入らなかったとしても必ず展示すること

⑥コピーライター1名とデザイナー1名の2人1組のチームとすること

⑦他者の力は使わない。すべては自分たちで制作

⑧広告賞に応募できるよう5作品は作ること

(『迷子のコピーライター』より抜粋)

 

この一見、ひどくまともな8ルールに従ってできたポスターの面白いことといったら、もう。はっきり言って、まともではない面白さだ。

 

 

「おっ茶ん。」

実際に見ていただき、あなたの好きな作品を選んで欲しいが、私が一番好きなのは、お茶屋さんである大北軒のポスターだ。煎茶色の背景に、お茶の缶を持ったご主人。そして、白抜きの手書き文字で「おっ茶ん。」字もあまり上手とはいえず、句読点が妙に大きい。しかし、まさに、お茶を売る素敵な「おっ茶ん。」としか言いようのないご主人のお姿が素晴らしい。

 

ああ、いいな~~。これ、いいな~~。

 

としか思えないポスターがそこにはあった。

 

新世界市場ポスター展が終わった後、日下のもとに、次々と仕事がもたらされる。文の里商店街の51店舗ポスター、伊丹西台ポスターとヒットを飛ばした後、被災地となった女川、大野市プロジェクト、さらにはマグロで有名になった近畿大学など快進撃が続く。

 

ポスター展の作品は『迷子のコピーライター』にまとめられているので、是非実際に見て、触れて、笑って欲しい。

 

ただし、アドバイスを一つ。できたら一人で読んだ方がいい。

 

第1章から第3章まで、日下慶太の自伝と呼ぶべき部分を読むとき、きっとあなたは、突然、襲われるように嗚咽をもらしてしまうだろう。対して、4章以降のポスターや作品づくりの部分は、いきなり痙攣するように笑ってしまうに違いない。これは通勤電車の中で読むには苦しい本だ。

 

日下慶太は自分を迷子だという。もし、そうなら一緒に迷ってみたい、私はそう思いながら、泣いて笑って、やっぱり泣いた。迷子なのはコピーライターだけではない。

 

人類は皆、はてしなく迷子になりながら死んでいくものなのだ、きっと。

 

【書籍紹介】

迷子のコピーライター

著者:日下慶太
発行:イースト・プレス

ユーラシア大陸横断、就職、病気、挫折、出会い、別れ……。コピーライターという枠を超え、人生の迷子になった著者が、あらゆる違和感と向き合った末にたどり着いた”ある想い”。商店街のユニークなポスターを制作し、町おこしにつなげる『商店街ポスター展』で注目の著者が、プロジェクトを手掛けるまでの悩みや葛藤、そしてその人生を自身の言葉でユーモラスに綴る。「新たな一歩を踏み出そう」とする、すべての人に贈る一冊

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