新型コロナウイルス感染症の影響で、毎日の生活が激変しています。自宅に引きこもって仕事をしている方も多いでしょう。けれども、ぼやいていても仕方がありません。
今は自分を見つめる良いチャンスと考え、『「自分を変える」ということ』( 齋藤直子、木村博美・著/幻冬舎・刊)を読むことにしました。哲学者エマソンを取り上げた著作です。
そうだ、哲学しよう!
『「自分を変える」ということ』は共著で、アメリカ哲学と教育哲学を専門とする齋藤直子と、フリーランスライターの木村博美の二人によって書かれています。
この本ができたのは、30年以上もの間ライターとして活躍してきた木村博美が、ふと「哲学したい」と思ったことがきっかけだと言います。
締め切りに終われる忙しい毎日の中で彼女は突如、小さな、しかし、深刻な精神的危機に陥ります。そのときのことを、著者はこう表現します。
シニア世代に突入した自分の年齢を信じることができず、心が置き去りにされているような気がしました
(『「自分を変える」ということ』より抜粋)
この気持ち、よくわかります。自分では一生懸命生きてきたつもりでも、「あれ、わたし、今まで何をやってたんだろう。これからどう生きていけばいいんだろう」と立ち止まり、そのまま動けなくなってしまう、そんな経験。
私はあります。何度もあります。心細く叫び出しそうになったりもします。それでも、私の場合は気力がないので、「ま、しょうがないか」とぼやいてはビール飲んで寝てしまう、そのくり返しでした。
けれども、木村博美は違います。ぼやいて寝たりはしませんでした。「そうだ! 哲学しよう!」と決心するのです。
哲学書は難しい
思いたったが吉日と、木村博美は哲学書を読みあさり始めました。それまでも哲学書をちょこちょこ読んではいましたが、こんどは真剣に仕事として取り組んだのです。同時に頭を抱えました。わかってはいましたが、哲学書は読みこなすのが難しいものだからです。彼女は訴えます。
どうして、哲学書はあんなにこむずかしいのか。学者によって意味が変わる哲学用語や、正確性を優先するために複雑になる表現の難解さにいつも手こずってきたのです
(『「自分を変える」ということ』より抜粋)
私だったら挫折するところですが、木村博美は負けませんでした。仕事です。やめるわけにはいきません。自分で自分を追いこんでいくこの姿勢はたいしたものだと思います。
到達したのは、哲学者エマソン
手当たり次第にたくさんの哲学書を読んだ末に、木村博美が到達したのが、ラルフ・ウォルドー・エマソンという哲学者でした。理由は、「エマソンの言葉から元気をもらうことができたから」だと彼女は言います。希望にあふれる選択理由です。
哲学書を見ただけで頭が痛くなるような人が多いなか、読むと元気をもらえる哲学書の存在はありがたいものです。閉塞感あふれる暮らしを強いられている今の私たちに、とくに希望の灯火となるに違いありません。
ところで、私はエマソンという名前をぼんやり知っているくらいで、彼のどこが偉大なのか、そもそもどんな著作があるか、よくわかっていませんでした。
けれども、『「自分を変える」ということ』を読み、「へぇ、そうだったのか」と理解を深めました。エマソン研究者の齋藤直子が、プロの立場から丁寧に解説してくれるからです。
エマソンはアメリカの偉大な哲学者です。詩人、エッセイスト、思想家としても知られ、多彩な活動をした「知の巨人」です。西洋哲学を学んだ後に東洋の哲学も取り入れ、独自の思想を育んだ人としても知られます。
1803年に生まれ、1882年に亡くなっていますから、もう200年近く前に活躍した人物ということになります。けれども、かつて名を馳せた歴史のかなたにいる哲学者というわけではありません。今もなお、現代のアメリカで、広く受け入れられている人なのです。
近代アメリカで成功した人で、エマソンの影響を受けなかった人はいないとまで言われます。その思想は自己啓発と成功哲学の源となり、アメリカに個人主義とアメリカンドリームをもたらしました。
読書家として知られるオバマ前大統領も、エマソンの論文「自己信頼」に大きな影響を受けた一人と言われています。
「先生」を通してエマソンと会話する
『「自分を変える」ということ』は、対話形式で成り立っています。エマソンの研究者である「先生」と、最近、何もかもがうまくいかず困り果てている「未來」という名の女性とのやりとりによって、私たちはエマソンの世界に誘われます。虚構の2人ではありますが、そこに共著者の影が見え隠れします。
「未來」が「先生」に教えを請い、エマソンの思想を理解しながら、今生きている自分に反映させようとする姿が、現在進行形で書かれていくのが特徴です。
「未來」はつらい毎日を送っています。10年間頑張ってきた仕事を強制的に異動させられてしまいます。慣れない環境が災いしたのか、毎日、失敗続き……。今まで励ましてくれた友達も急に態度を変え、惨めな気持ちにおいうちをかけるようなことばかりします。
仕事に夢中で、結婚もしないまま生きてきた自分の生き方は間違いだったのだろうかと、後悔の念も感じています。
「先生」は、そんな生活をなんとかしようともがく「未來」の話を聞き、エマソンを通して生き方の指南をしてくれます。「先生」自身も、かつて同じような悩みを持っていただけに、その指導は血の通ったものです。
読み進むうちに読者も「未來」に寄り添い、「先生」の話に耳を傾けたくなります。
ジグザグに進めと教えられ……
心に残る教えがたくさんあり、紹介しきれないほどですが、いくつか取り上げてみましょう。
「勇気とは何度でも立ちなおることだ」
自分では頑張っているつもりでも、私たちは失敗を繰り返します。自分を見失ってしまうことも多々あります。けれども、エマソンの思想に触れることで、「わたしをわたしたらしめる光を発見させてくれる」ことに気づくことができます。
「先生」は、大切なのは自分を肯定することだと説きます。たとえ迷っていても、やがてはきたるべき道に通じるのだと教えてくれるのです。
そして「どうぞ、ジグザグしなさい、思いっきり迷いなさい」と勧めます。いつかはどこかに到着するのですから、たとえジグザグでも、とにかく前進すればいいのです。
こういう話は、私たちをほっとさせ、幸福にします。不安な毎日、たとえジグザグでもとにかく少しずつでも進んでいこうと思うことができます。
日常が大事
「日常を存分に楽しめ」
この言葉にも、ぐっときました。私たちは毎日続く、相変わらずの日に時にうんざりします。もっとキラキラした人生を過ごすはずだったのにと、うらめしく思うときもあります。
けれども、日常生活を楽しむことができない人が、人生を素晴らしいものにできるわけがありません。毎日毎日、新しい一日を生きるつもりで過ごしていれば、私たちの目の前に見たこともないような新世界が広がるはずだと、エマソンは教えてくれます。
振り返ってみると、私もかつては「明日は生まれ変わったような朝を迎えられる」と信じてベッドに入りました。ところが、最近そんな気持ちで眠りについたことなどないことに気づきました。
『「自分を変える」ということ』は、若いころの自分を思い出させてくれます。新型コロナウイルス感染症によって、生活に制限があるときだからこそ、エマソンの言うように、今を楽しみ、自分を幸福にする努力をすべきなのでしょう。
ウイルスのあるなしに関わりなく、人生はいつも生き残りを賭けた戦いなのですから……。
【書籍紹介】
「自分を変える」ということ
著者: 齋藤直子、木村博美
発行:幻冬舎
本書はアメリカの偉大なる哲学者・エマソンの思想を「会話形式」でわかりやすく解説した本である。日本ではあまり知られていないが、近代アメリカの成功者でエマソンに感化されなかった人はいないといわれるほど、その思想は自己啓発と成功哲学の源流となっている。オバマ元大統領やニーチェのほか、日本では福沢諭吉や宮沢賢治にも大きな影響を与えている。一度きりの人生、誰もがベストの自分で最高の人生を送りたいと思うだろう。それを可能にするメソッドをふんだんに盛り込んだ一冊である。