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2020/2/20 21:45

売り上げを減らす。多店舗展開はしない。「佰食屋」が目指す新しい飲食店の在り方とは?

売上を、減らそう。』(中村朱美・著/ライツ社・刊)このタイトルを見たとき、「あれ? ミスプリント?」と思いました。誰もが何とかして売上を伸ばそうと躍起になっているものだと信じていたからです。

 

「佰食屋」を知っていますか?

『売上を、減らそう。』。この独特なタイトルの著者は、ステーキ丼の専門店を経営する中村朱美社長です。お店の名前は、「佰食屋」。

 

厳しい競争の中、飲食業界は生き残りをかけて必死だといいますが、彼女は特異な存在です。「社員を犠牲にしてまで追うべき数字なんてない」という信念のもと、我が道をしっかり歩いているからです。

 

だから、『売上を、減らそう。』というタイトルは間違いではありません。これで、いいのです。表紙には、タイトルの他に「佰食屋」の3つの特徴がしっかり書き込んであります。

 

営業わずか3時間半
どんなに売れても100食限定
飲食店でも残業ゼロ

(『売上を、減らそう。』より抜粋)

 

どれもが実行不可能な目標に見えますが、「佰食屋」では実際に、毎日行われていることだといいます。

 

 

数々の賞を受賞

『売上を、減らそう。』は、工夫を凝らして作った本です。誰もができるようでいて、覚悟がなければ真似できない会社経営の秘訣がわかりやすく述べられています。まるで「佰食屋」で出されるステーキ丼のタレのようです。秘伝だけれど、真似できるかもしれないと思わせるのです。

 

周囲からも高い評価を得て、2019年には「日経WOMAN」のウーマン・オブ・ザ・イヤー賞を、さらに2020年2月18日には「読者が選ぶビジネス書グランプリ」でイノベーション部門賞を受賞したばかりです。

 

ブラックな職場であえぐように仕事をしている人にとって、「たどりついたのは業績至上主義からの解放」という提案は、救いに似た意味を持つのかもしれません。

 

驚きの経営方針

「佰食屋」は大きなお店ではありません。今でこそテレビや雑誌に取り上げられ、千客万来の賑わいを見せていますが、最初は14席ほどしかないお店を満席にすることもできませんでした。場所も京都の住宅街・西院という町で、有名観光地からは少し離れています。

 

メニューは、「国産牛ステーキ丼」「国産牛おろしポン酢ステーキ定食」「国産牛100%ハンバーグ定食」の3つだけ。1日100食限定で、売り切れたら店じまいです。

 

強気なのか、弱気なのか、よくわからない経営方針だと思いませんか? このご時世にこの経営方針。大丈夫なのかと、部外者の私まで心配になります。

 

 

死ぬ前に食べたいステーキ丼

けれども、中村朱美さんは「きっと大丈夫」と、信じていました。「佰食屋」の看板メニューであるステーキ丼の味に絶対の信頼を寄せていたからです。

 

このレシピは、レストランを開くという夢を持っていた料理好きなご主人が考えたもの。初めてご主人がつくったステーキ丼を食べたとき、彼女は思ったそうです。

 

死ぬ前にはこの一杯を食べたい。このステーキ丼を独り占めしてしまうのではなく、みんなにも食べてもらいたい。

『売上を、減らそう。』より抜粋

 

そう、彼女は自分が売るものに絶対の自信があったのです。

 

 

残業のない飲食業

2012年11月29日、つまりは「イイニク」の日に、「佰食屋」は開店しました。それから約7年半。今では他にも「すき焼き専科」や「肉寿司専科」など、3店舗をかまえています。

 

年商は1億を超え、30名近い従業員を抱える会社になりました。夫婦二人きりで始めた店だとは思えない繁盛ぶりではありませんか!

 

それに、何よりすごいのは、従業員が月に一度も残業することなく、まだ明るいうちに自宅に帰ることができるということです。
すぐに100食を売り切ってしまうため、営業時間はわずか3時間半、14時30分には店じまいできます。

 

 

ある日、突然、売り切れるお店に変身

もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではありません。100食どころか20食も売れず、昼夜、営業しても、20時の閉店時には売れ残りが出たといいます。

 

そのころは、中村さんも悩みました。丼の美味しさには自信があります。材料だって、最高のものを使っています。けれども、売れ残る。お客さんはまばら。夜になると、吟味した食材を捨てざるをえない。

 

店の場所が悪いのでしょうか? 宣伝が足りないのでしょうか?

 

「アカン……これは、失敗したかもしれんね」。彼女は涙ぐみながら唇をかみました。そんな彼女を励ましたのは、他でもないレシピの考案者、ご主人でした。彼は言いました。「大丈夫や」「まだみんな店を知らんだけ。知ってもらえたら、絶対に来てくれる」。

 

この自信はどこからくるのでしょう? 単に楽観的なだけなのか? 不思議に思うところですが、彼は正しかったのです。それから1か月ほどたった2012年12月27日、「佰食屋」は突如として、店の前に長蛇の列ができる人気店となりました。個人のブログで紹介されたことをきっかけに、目標である100食が夜の営業を待たずに売り切れてしまうようになったのです。

 

 

初志貫徹!

ここで感心するのは、中村夫妻が、当初の目的である100食を売るという姿勢を崩さなかったことです。従業員を雇うようになっても、100食売ったら、それであっさりと閉店してしまうのです。

 

商売なのだから、たくさんのお客さんを前にすると、もっと売りたいと思いたくなるものでしょう。整理券を200枚に増やしたり、夜も営業したり、支店を増やすなど、事業を拡大するのが、自然の流れという気がします。けれども、彼女はその道を選びませんでした。売上を増やそうとは考えなかったのです。

 

 

夕食を家で食べるために

理由はいくつかありますが、中村朱美にとって、「佰食屋」よりも大事なものがあったのです。それは家族との時間です。

 

「佰食屋」を始めたとき、彼女は不妊治療の真っ最中でした。子どももいないからと始めたという面もありました。ところが、仕事を始めると、長男・長女に恵まれました。欲しくてたまらなかった我が子。子ども達と過ごす時間を大切にしたい。

 

ところが、長男が生後8か月の時、脳性麻痺を患っていることが判明しました。5週間に及ぶ入院、検査、そしてリハビリの日々。それでもお店は続けていかなくてはなりません。

 

だったら、100食売り切ったら、すぐに家に帰り、夕飯をみんなで食べるようにすればいい。そして、それが自分だけの特殊事情ではなく、多くの社員の願いでもあると気づくのです。

 

 

「仕組み」で人を幸福に

『売上を、減らそう。』には、起業家としての作戦、家庭人としての思い、そして他の人がやらないことを選んだ一人の女性の孤独が、隠さずに書いてあります。

 

そのひとつひとつに私は打たれました。母親で妻で嫁で娘で、そして、オーナーでもある彼女の喜びや苦しみや不安や自信が伝わってきます。最後に彼女のモットーというべき言葉を書いておきたいと思います。

 

「もっと売れば儲かるんじゃないですか?」
そんなこと、何回も言われました。
確かに売上は上がるでしょう。

でもわたしは、もう「頑張れ」なんて言いたくない。
「仕組み」で人を幸せにしたい。

( 『売上を、減らそう。』より抜粋)

 

余裕のある従業員が、手慣れた手順で作り出される 「佰食屋」のステーキ丼。きっと幸福な味がするでしょう。

 

 

【書籍紹介】

売上を、減らそう。

著者:中村朱美
発行:ライツ社

社員を犠牲にしてまで「追うべき数字」なんてない―。「社員の働きやすさ」と「会社の利益」の両立…京都の小さな定食屋が生んだ「奇跡のビジネスモデル」とは?

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