本・書籍
2020/6/11 21:45

コロナ後の世界を生きるために、向田邦子作品を読む。

好きなことを仕事にできたらいいのにと、願う人は多いでしょう。

 

私の場合、それは文章を書くことでした。けれども、どうやったらプロの文章を書くことができるようになるのか見当もつきません。いろいろ考えた末に出した結論が、「そうだ! 好きな作品を写せばいいのだ」でした。

 

大好きな作家・向田邦子の作品を一字一字、丁寧に、繰り返し、千本ノックのように写し取れば、物語を自分の体にしみこませることができると思ったのです。

 

 

向田邦子という作家

向田邦子は若いころからテレビドラマの脚本家として活躍していました。とりわけ1970年代は「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」など、視聴率を稼ぎ出す人気ドラマを立て続けに生み出しています。

 

ところが、1975年に乳癌を患い、手術は成功したものの後遺症に悩まされるようになったといいます。利き腕である右手でペンを持てなくなったのです。売れっ子脚本家として、深刻な状態だったに違いありません。

 

けれども、彼女はピンチをチャンスに変える力を持っていました。病後は、脚本だけではなく、エッセイや小説も書くようになりました。最初のうちは、ペンを右手ではなく左手に持ち替えての創作活動だったといいます。

 

 

向田邦子の5年間

作家としてデビューした向田邦子は才気あふれる小説やエッセイを次々と生み出します。夢中になってむさぼり読んだ方も多いでしょう。私も次の新作はまだかなと心待ちにしている一人でした。

 

それなのに、直木賞を受賞して1年後の1981年、飛行機事故のため、この世を去ります。まだ51歳の若さでした。

 

むごい運命を恨みたくなりますが、もしかしたら、ご本人はいつ死んでもいいと覚悟していたのかもしれません。小説を写していると、そう思えて仕方がないのです。

 

もちろん、長生きして、新しい作品、とりわけ、中編の小説を書いていただきたかったと思います。それでも、5年の間に向田邦子は完成度の高い作品を書いて書いて書きまくりました。これだけ素晴らしいものを遺したのだから、悔いはなかったと信じたい……。

 

 

味わい深い4つの小説

男どき女どき』(新潮社・刊)の中に収録された小説「鮒」「ビリケン」「三角波」「嘘つき卵」は、亡くなった年に発表された作品です。

 

どの作品もこのままテレビドラマの脚本になりそうです。その一方で、視覚では表現しきれない小説ならではの世界を作り上げることにも成功しています。40年近く前に書かれたものなのに、今に通じる新しさがあるのです。いいものは永遠に生き続けるということなのでしょう。

 

「鮒」という作品に感じる生臭さ

「鮒」は、どこか生臭さを感じる作品です。主人公の塩村には恋人がいました。もちろん、家族には秘密です。

 

物語は長女の真弓が「あ、誰か来た」と呟くシーンで始まります。小雨が降っている日曜日、家族四人で久しぶりの団らんの最中にそれは起こりました。

 

真弓が物音に気づき、家族で台所の勝手口に出てみると、そこにプラスチックのバケツがひとつ置いてありました。中をのぞくと1匹の鮒が入っています。

 

「どういうことなんだ、これは」という塩村の大声を境に、一家団欒は急に恐怖の物語に変転します。「何? なぜ、こんなときに、鮒?」と、誰でも尋ねたくなるでしょう。そのときに漂う生臭さ。それがバケツの中の鮒から立ち上るものなのか、健全な家族に巣くうものなのかわからないままに物語は進んでいきます。

 

初めて「鮒」を読んだとき、私はまだ結婚の持つ危うさや、一見、仲が良い家族の背後に隠されたおそろしさに気づいていませんでした。けれども、今になってみると思いあたるところがあります。「鮒」という作品で、家族の持つ生臭さを学んだとも言えます。

 

 

不妊治療は意外なところに

「嘘つき卵」は、小説を書いたというより、文章をこしらえたと言いたくなる作品です。

 

一人息子である松夫と結婚して5年。なかなか子どもができない主人公・左知子の苦しみが、読む者に伝わってきます。「まだなの?」という周囲からのプレッシャーを感じつつも、どんなに焦ったところで赤ん坊を授かるわけではありません。妊娠には人知の及ばぬ何かが潜んでいるのですから。

 

松夫との夫婦仲は良いほうだと思う。それだけに、抱かれても抱かれても、みごもらない自分のからだが、瀬戸物で出来た偽卵のような気がしてきた。

(『男どき女どき』収録「嘘つき卵)より抜粋)

 

この数行に、左知子の思いが集約されています。向田邦子はただ者ではないぞと思うのは、こういうときです。

 

 

今まで、そして、これから

私は、今はもう向田作品を写してはいません。そういう物語を編み出すのは私には無理だとわかったからです。千本ノックを続けたところで、どうにもならない自分に気づき、読者として楽しもうと思うようになったとも言えます。それでも、向田作品への思いは変わりません。

 

私たちは、今、新型コロナウイルスの感染拡大を防ごうと、行動を自粛する毎日を送っています。コロナ後にいったい何が起こるのかも、よくわかりません。

 

だからこそ、向田邦子の作品が救いとなるような気がしてならないのです。昭和の魂をなめるように味わい、その臭いをくんくんとかいでいると、いつの時代も私たちは這うように生きていくしかないと実感することができます。

 

過去も未来も関係なく、ヒトが生きていくのはいつも苦しみを伴うものでしょう。『男どき女どき』の中に、これからどうやって毎日を送っていったらいいのか、そのヒントが隠されているような気がしてなりません。

 

【書籍紹介】

 

男どき女どき

著者:向田邦子
発行:新潮社

何事も成功する時を男時、めぐり合わせの悪い時を女時という——。何者かによって台所にバケツごと置かれた一匹の鮒が、やがて男と女の過去を浮かび上がらせる「鮒」、毎日通勤の途中にチラリと目が合う、果物屋の陰気な親父との奇妙な交流を描く「ビリケン」など、平凡な人生の中にある一瞬の生の光芒を描き出した著者最後の小説四篇に、珠玉のエッセイを加えた、ラスト・メッセージ集。

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