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2020/7/20 21:45

直木賞にふさわしい1作! 『少年と犬』は馳 星周の犬小説の最高傑作!!

少年と犬』(馳 星周・著/文藝春秋・刊)は東日本大震災で野犬となってしまった犬が、ソウルメイト(魂の伴侶)と再会するために、日本列島を横断する壮大な物語だ。

 

自然災害の多い日本で犬を家族に迎えるには覚悟がいると思う。それでも人は癒しを求めて犬を飼う。今、このコロナ禍で再びペットブームだそうだ。家にいる時間が増え、そばにかわいい犬がいてほしいと安易に飼い始めたものの、子犬のいたずらや粗相に耐えられずあっさりと捨てられてしまう頭数も増えていると聞く。

 

本書の帯にはこうある。

 

−−人という愚かな種のために、神が遣わした贈り物

 

犬は本当に素晴らしい生き物だ。だから犬を飼う前に、そして今、犬を飼っている人も、本書は是非読んでおくべき一冊だと思う。

 

その犬は5年間をかけて東北から九州を目指した

本書は、飼い主不明のシェパードの血が混ざった雑種「多聞」の旅にかかわる人間を描いた連作短編集だ。構成を記しておこう。

 

男と犬

東日本大震災から半年が経った仙台。家族のために犯罪に手を染めた男がコンビ二の駐車場で犬を拾う。犬の首輪のタグには「多聞」と書かれていた。

 

泥棒と犬 

仲間割れを起こした窃盗団の外国人の男が故国を目指すべく、「多聞」を連れ、仙台から新潟へと逃走する。

 

夫婦と犬

富山市に暮らす壊れかけた夫婦は保護した犬を別々の名で呼んでいた。首輪に書き込まれていた名は、汚れて薄れ読み取れなくなっていたからだ。

 

娼婦と犬 

滋賀県大津市で体を売って男に貢ぐ女が、猪と戦い瀕死の状態で倒れていた犬を助け、動物病院へ駆け込む。助けた犬はやがて女の癒しとなる。

 

老人と犬 

島根県の山中、老猟師の前に痩せた犬が現れる。賢いその犬は、まるで老人の死を看取るためやって来たようだった。

 

少年と犬

釜石から熊本に移り住んだ一家。幼い少年は震災のショックで心を閉ざしたままだったが、その犬を見ると微笑み、また犬も勢いよく尻尾を揺らす。

 

この最終章になって、はじめて多門の素性と旅の目的が明かされることになるのだ。「多門」は約5年間をかけて仙台から熊本に移動するのだが、その賢さ、逞しさには感動を覚える。

 

 

「多聞」は西南の方角に行きたがっている

「多聞」と出会った人物は、共通して気づくことがあった。それは犬が常に南(西南)を向いていたこと。各章から引用してみよう。

 

和正は気づいた。多聞が進もうとしているのは南だ。「おい。南になにかあるのか? 前の飼い主がいるとか、おまえが昔住んでたところとか……」

(男と犬から引用)

 

「南にだれがいる?」犬に訊いても仕方ないのはわかっていたが、訊かずにはいられなかった。

(泥棒と犬から引用)

 

いつの頃からか、クリントが常に西の方に顔を向けるのに気づいた。正確には西南の方角だ。西の方になにかあるの? ━何度かクリントに訊ねたが、当然、答えは返ってこない。

(夫婦と犬から引用)

 

レオは西へ向かいたがっている。美羽はそう確信した。

(娼婦と犬から引用)

 

ノリツネが顔を向ける方角はいつも決まっている。西南だ。(中略)「おれが死んだら、こいつを九州に連れて行ってやって欲しい」(中略)「どこでもいい。九州の山の中でこいつを放してやってくれ。そうすりゃ、こいつは自分で勝手に目的へ向かうはずだ」

(老人と犬から引用)

 

旅の途中で担ぎ込まれた動物病院で「多聞」は岩手県で飼われていたこと、飼い主も判明する。マイクロチップの情報のおかげだ。しかし飼い主とは連絡が取れない。しかも「多聞」は東北ではなく、西南を目指している様子。なぜ? 読者はその疑問を抱きながらグイグイと物語に引き込まれていくのだ。

 

 

犬は神が遣わした贈り物

登場人物たちは犬を拾い、餌を与え、世話をし、一時生活を共にする。が、やがて皆気づくのだ。自分が犬を助けたのではない、犬に守られ、癒され、助けられていることに。苦しいとき、辛い時、犬は人間にそっと寄り添い、無償の愛を与えてくれるのだ。

 

人にとって犬は特別な存在なのだということを理解していた。人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ。人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物他にはいない。

(老人と犬から引用)

 

この一文には愛犬家である作者の馳氏の気持ちが込められていると思う。バーニーズ・マウンテン・ドッグという犬種に魅せられ共に暮らし始めて25年になるそうだ。現在は4代目、5代目の二頭と一緒だ。初代の犬のために東京から軽井沢に引っ越し、ここ数年は生まれ故郷の北海道で夏の間を過ごしているという。

 

本書には、犬をよりよく育てるヒントを教えてくれる一文もある。

 

「おまえは本当に賢いな。どんな飼い主に躾られたんだ?」弥一は訊いた。もちろん、答えは返ってこない。それでも、犬に話しかけ続けるのが弥一の流儀だった。犬は言葉はわからなくても、人の意思を見極めようとする。話しかけることで、コミュニケーションが密になり、絆が深まっていく。いざというとき、なにより役立つのは人と犬の絆の強さなのだ。

(老人と犬から引用)

 

 

ソウルメイトを求めて

そうして物語は感動の最終章「少年と犬」へと進む。「多聞」はなぜ飼い主ではないひとりの少年を追って、長い長い旅をしてきたのかが明かされるのだ。

 

人は、犬は人間が選ぶものと思っている。が、本当にそうだろうか? もしかしたら、犬のほうが人間を選んでいるのかもしれない。本書を読み終えるとますますそう思えるようになった。

 

『少年と犬』は半グレ、泥棒、娼婦などが登場し、ノワール小説の旗手である馳氏にしか書けないテンポのいい作品に仕上がっている。『ソウルメイト』や『雨降る森の犬』など、馳氏の犬小説はすべて読んでいるが、本書はその中でも最高、まさに直木賞にふさわしい一作と言える。

 

【書籍紹介】

少年と犬

著者:馳 星周
発行:文藝春秋

家族のために犯罪に手を染めた男。拾った犬は男の守り神になった−−男と犬。仲間割れを起こした窃盗団の男は、守り神の犬を連れて故国を目指す−−泥棒と犬。壊れかけた夫婦は、その犬をそれぞれ別の名前で呼んでいた−−夫婦と犬。体を売って男に貢ぐ女。どん底の人生で女に温もりを与えたのは犬だった−−娼婦と犬。老猟師の死期を知っていたかのように、その犬はやってきた−−老人と犬。震災のショックで心を閉ざした少年は、その犬を見て微笑んだ−−少年と犬。犬を愛する人に贈る感涙作。

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