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2020/11/18 20:00

最狂のプロレス団体、全女の「ヤバい」話−−『吉田豪の”最狂”全女伝説』

長年プロレスファンをやっていると、プロレスの裏側みたいなものがなんとなくわかってくるものだ。一部の人は、そういうことを知ってしまった結果プロレスから離れてしまう場合もあるが、ますますのめり込む場合もある。僕の場合は完全に後者だ。

 

プロレスは、格闘技でありスポーツでありエンターテインメントでもあるという、かなり複雑な構造を持っている(と僕は思っている)。プロレスで起こっていることの9割以上がエンターテインメントの上に成り立っているとは思うのだが、なかには「これはリアルでは……?」という試合や人間関係などが垣間見えることも。真実のほどは単なる一ファンであるこちら側には知るよしもないが、そういうリアルな部分が見え隠れする瞬間がおもしろいと思うこともある。

 

最狂のプロレス団体、全女の「ヤバい」話が盛りだくさん

吉田豪の”最狂”全女伝説 女子プロレスラー・インタビュー集』(吉田豪・著/白夜書房・刊)は、かつて存在した女子プロレス団体、全日本女子プロレスに所属したレスラーおよび関係者へのインタビュー集だ。

 

吉田 豪といえば、プロレスをはじめ様々な分野の人に、本人でさえ忘れているような情報を徹底的にリサーチした、深いインタビューを行うプロインタビュアー。プロレスへの造詣が深く、かなり突っ込んだ話を引き出すことで有名だ。

 

そして、全日本女子プロレス(通称「全女」)といえば、男子プロレスとは違う女性社会特有のドロドロした人間関係をそのままリング上の戦いに反映していたと噂されていた、リアルとフェイクの境界線上を行ったり来たりしていたような団体。その当事者および関係者に吉田 豪がインタビューしているのだから、おもしろくならないわけがない。

 

そしてその内容はといえば、とにかく全女が狂っていたというエピソードが盛りだくさん。想像以上に、全女というところは「ヤバい」団体だったようだ。

 

たとえば、全女の一部の試合では上層部が賭けを行っていたり、試合の勝敗により選手のギャラが決まったり、あらかじめ試合の勝敗を決めず真剣勝負をさせる(通称「押さえ込み」)など、とにかく普通のプロレス団体では考えられないようなことが日常的に行われていたという。

 

その上、通常のプロレスでは選手同士をライバル関係にするためにある程度シナリオを作ったりする(通称「アングル」)ことが多いが、全女の場合は上層部が「●●がお前の悪口を言っていた」などのように、選手を焚き付けていたという。リアルの人間関係をそのままリング上に投影させていたのだから、ほかの団体とは違う殺伐とした雰囲気になるのもうなづける。

 

全女の「洗脳」は解けてほしくない

このインタビュー集に登場する元全女レスラーたちは、先輩からのしごき、いじめ、会社内での人間関係の軋轢、給料の遅配、未払い、挙げ句の果ては1000万円の借金の肩代わりをしたりなど、散々な目に遭っている人が多い。しかし、経営者である松永一族(全女を立ち上げた4人の兄弟)を悪く言ったり、全女が嫌いという人は極端に少ない。全女の全盛期を支えたレスラー、ブル中野のインタビューに次のような発言がある。

 

–そんな気がするんですよね。相当ひどい目に遭った人たちも、なぜか全女の悪口は言わないし。

ブル ね、なんなんでしょうね?

–結論としては、洗脳が解けてないせいなんじゃないかって話になったんです(笑)。

ブル そっか! でも、これは解けないでほしいですね。全女を嫌いになることは絶対にないと思うんで。

『吉田豪の”最狂”全女伝説 女子プロレスラー・インタビュー集』より引用

 

ブル中野は全女でトップを張り、アメリカの巨大プロレス団体WWEでも人気となった伝説のレスラー。全女が倒産する前に離脱しているということもあり、いい思い出が多いということもあるが、若手のころの地獄のような日々を過ごしてきても、やはり全女のことを悪く思ってはいないようだ。

 

そのほかのレスラー陣も、いろいろ嫌な思い出もあるようだが、結果的に全女のことは好きなよう。「喉元過ぎれば〜」ではないが、過ぎ去ったことはある程度きれいな思い出になるものなのだろうか。

 

裏側を知れば知るほど好きになる

吉田 豪のインタビュアーとしての力量もあるのだが、とにかく本書に登場する人たちの話がいちいちおもしろい。一言で言えば「狂っている」のだ。プロレスの裏側が赤裸々に語られていることはもちろん、当時の全女のハチャメチャっぷりがわかり、ちょっとひねくれたプロレスファンなら、ますますプロレスとジャンルに幻想を抱いてしまうのではないだろうか。

 

普通、裏側を知ってしまうと幻滅したりすることが多いのだが、プロレスに関しては裏側を知れば知るほど好きになってしまうという面もある。やはり、プロレスというジャンルは奥が深い。そして、そのなかでも全女は異質でおもしろい団体だったのだなと、改めて思った次第だ。

 

【書籍紹介】

吉田豪の”最狂”全女伝説 女子プロレスラー・インタビュー集

著者:吉田 豪
発行:白夜書房

愛憎満ちた全女のリングに、プロインタビュアー・吉田豪が迫る!

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