本・書籍
2020/12/22 6:30

「味よりも人」伊集院 静の馴染みの店を初公開!−−『作家の贅沢すぎる時間−そこで出逢った店々と人々−』

作家の贅沢すぎる時間 そこで出逢った店々と人々』(伊集院 静・著/双葉社・刊)は、伊集院 静氏のはじめての食のエッセイであり、また実名で馴染みの店を公開した本だ。伊集院氏は今年1月に大病で緊急入院したが、3月には退院され、今はお元気にしているそうだ。

 

紹介されている75軒は、どこも世話になった店、人々だという。このコロナ禍にあえて本書を出版することになったのは、無事に退院し、今は元気にしていますから、という御礼の手紙替わり、とのことだ。

きっかけは、ある鮨屋の閉店

何十年も前に訪ねた折のご主人、飲み交わした酒、出された肴の味覚がよみがえって来る。私はこれまで、そういう店や、懇意にした人々の話を、仕事の文章の中に具体的に書くことをして来なかった。と言うのは、私が書くことで思わぬ客がそこへ行き、迷惑になることがあると思っていたからである

(『作家の贅沢すぎる時間』から引用)

 

にもかかわらず、書く決心をしたのは、東京で40年来の付き合いのあった鮨屋から閉店の報せの葉書きが届いたのがきっかけだった。もしかすると、他の店々も同じような事情をかかえているのではないかと思いはじめ、店や主人、女将の話を具体的に書けば、一人でも多くの人が訪ねてくれ、役に立つのではないかと考えを変えたのだという。

 

また、佳い店ほど、美味い店ほど、主人は気難しいのが相場である。そういう店が大半である。とも伊集院氏は記している。

 

「味よりも人」

伊集院氏が青森に行けば必ず立ち寄るのが『天ふじ』という鮨屋。

 

鮨としては、北ではピカ一だと思っている。勢いのある鮨である。勿論、ネタも豊富で、主人の目が利くから美味この上ない。酒も絶品が揃えてある。私はカウンターの隅で、肴と酒をやる。『天ふじ』を訪ねると、いつも驚くのは、北の漁場で獲れる食材の多さである。

(『作家の贅沢すぎる時間』から引用)

 

この店は伊集院氏が競輪を打ちに行った際、連日通った店だそうだ。ある日、準決勝前にオケラになり、鮨代だけは残っていたのでカウンターに座った。元気のない彼に店の主人は「そうか。じゃ今夜はしこたま飲んでうちの座敷で寝て、それで帰りゃいいよ」と言われ、その言葉に甘えることになった。翌朝、目を覚ますと枕元に一見の客で知り合って数日の青二才に渡すような金額ではない封筒が置かれていたのだという。伊集院氏は、その金を握って競輪場へ走り、結局はまたオケラになったそうだが、店との付き合いはそこからはじまることになったという。

 

本書の帯には、こんな一文もある。

 

−−美味い、不味いじゃない。行き着くところは「味より人」である。−−

 

通い続けて30年の店

寒くなると誰もが食べたくなるのが、おでん。伊集院氏が30年近く通い続けているおでんの店は、銀座・数寄屋橋にある『おぐ羅』だ。ここのご主人は、かつてはノンプロ野球の名捕手だったそうだ。

 

おでんの味は関西風の薄味でタネは職人たちが早朝から下ごしらえをする。タネの中には季節のものが入り、ツブ貝、フキ、ぜんまい、イイダコ、マグロ……などたっぷり。また、定番の大根、豆腐もこの店ならではの味だという。

 

実は、この店、私の東京での帰る店であった。まだ若く、競輪にのめり込み、特別競輪に限らず、記念競輪、普通開催のS級戦にお目当ての選手が出走していると、すぐに飛んで行った。(中略)旅の大半は負け戦さである。ボストンバッグ一杯に金を詰め込んで、帰って来るぞと出発した青二才は、いつも肩を落として、テーブルの隅でひとり酒を飲んだ。そんな時、今は亡き女将さんが、「伊集院さん、それだけ遊んで無事に帰って来られたんだから、それだけで十分じゃない。はい、オヤジからですよ」と好物の豆腐を出してくれた。しみじみ有難いと思った。

(『作家の贅沢すぎる時間』から引用)

 

この店に、伊集院氏が松井秀喜さんや武豊さんを連れていった際のエピソードもあり、読み応えがある。

 

その人らしい店

奇妙なものだが、この人には人生の肝心を見習うべきでは、と思った人に連れられて、飲み屋なり、食事を出す店に行くと、まず、その人らしい店だナ、と思う店に連れて行かれるものだ。

(『作家の贅沢すぎる時間』から引用)

 

本書には、伊集院氏が連れて行かれた料理屋のエッセイも盛り込まれている。

 

今から20年前に、演出家の久世光彦さんと赤坂の小奇麗な鮨屋で会った際も、久世さんはこういう鮨屋が贔屓なのか、さすがだナと思った。と記している。また、阿佐田哲也こと色川武大さんに連れられて行った全国各地の競輪場がある街の店もしかりで、美味いものを出す店ばかりだったそうだ。

 

が、しかし、伊集院氏は、世話になっている人が案内してくれた店に、再び一人で行くことは絶対しないという。たとえその店が気に入っても、それをしないのが礼儀と思っているからだそうだ。

 

日本全国の馴染味の店

この本では、伊集院氏が出逢った店が75軒も紹介されて、巻末には住所、電話番号のリストもある。

 

札幌 『酒房 円か』(日本料理)

仙台 『地雷也』(炉端焼)

軽井沢 『加納』(寿司)

銀座 『鳥政』(焼き鳥)

横浜 『安記』(中華料理)

葉山 『ラ・マーレ』(フランス料理)

大阪 『すえひろ』(居酒屋)

京都 『やぐ羅』(蕎麦、うどん)

京都 『余志屋』(日本料理)

などなど。

 

今、コロナ禍で苦しんでいる飲食店が大半ではないだろうか。会食は避けなければならないが、感染対策を万全にした上で、ひとりで、いい店、美味い店を訪ねてみてはどうだろう。

 

【書籍紹介】

作家の贅沢すぎる時間−そこで出逢った店々と人々−

著者:伊集院 静
発行:双葉社

美味い、不味いじゃない。行き着くところは「味より人」である。執筆のあとに、旅した街で…作家の心と腹を満たした“馴染味の店”75軒を初公開。初の食エッセイ集!

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