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2021/1/26 6:30

Aマッソの笑いは「特定の誰かに困った顔をさせない」−−『イルカも泳ぐわい』

イルカも泳ぐわい』(加納愛子・著/筑摩書房・刊)は、女性お笑いコンビ「Aマッソ」の加納愛子が上梓した初エッセイ集。Webちくまで連載されているコラム「何言うてんねん」をまとめたものに、書き下ろしエッセイ+初の短編小説「帰路酒」が収録されている。

 

「女性あるある」をやらない女性お笑いコンビ、Aマッソ

女性お笑いコンビのなかでも、Aマッソはかなり特徴のあるコンビだと思う。2人とも小さくて可愛らしい感じなのだが、いわゆる「女性あるある」的なネタはない。しかも、出てくるワードがかなり独特で、毒があるネタが多い。よく「とがっている」と言われているが、彼女たちは「自分たちがおもしろいと思うことが、いわゆる女性あるあるじゃないだけ」らしい。

 

2020年の女性芸人No.1決定戦「THE W」の決勝戦では、2人の背後にプロジェクターによる映像投影を組み合わせた斬新なネタだった(ちなみに優勝はひとりコントの吉住だったが)。

 

個人的には、コントのほうがAマッソの持つ特異性がよく出ていると思う。Aマッソのコントは、ショートショートのような雰囲気のものが多い。途中から「これ、どうなるんだろう?」というように期待してしまう。僕は、Aマッソのネタにはどことなく文学性のようなものを感じている。

 

日常の違和感+妄想+独特のキーワード=Aマッソ

『イルカも泳ぐわい』は、ネタ作り担当の加納が書いたエッセイ。読んでみると、まるでAマッソのコントそのものだなといった印象だった。日常のちょっとした違和感に加納が疑問を持ち、そこから想像の世界でどんどん本筋とは違う方向に向かっていく。たまに、これはホントのことなのか夢なのか、ただの妄想なのかわからなくなってしまうこともある。

 

もちろん、Aマッソしか注目しなさそうなワードも続出。「タグ表示忠実野郎」「アイデアの二日目顔」「姓でも名でもパーティー」。多分自分では一生思いつかないし、口にしないワード。こういうところがAマッソのおもしろいところだと思う。

 

芸人の仕事は「特定の誰か」に困った顔をさせないこと

本書の中で、一番印象に残ったのが「すいません」というエッセイ。街中で倒れている自転車を見過ごせなくて、ついつい起こしてしまう女友達について書いている。

 

彼女は、2人で歩きながら話しているときに会話を中断してまで自転車を起こしに行くことを悪いと思っているようで、加納に「すいません」と言う。そして、再び歩き出してもちょっと困ったような顔をしている。彼女は、上司に怒られているときにも友人とケンカをしたときにも、そんな困ったような顔をしている。

 

それを知っていた加納は、「相手の悪口を並べ立てて笑えばいいのに」と思うが、「私がすべきことは、擁護ではない。そして、選択の否定でもない。」と断言する。そして、次のような文章が続く。

 

彼女とはさして仲良くもないのに、彼女の眉が、視線の軌道が、いつも私を奮起させる。いや、もっと言えば、彼女じゃなくてもいい。「特定の誰か」に困った顔をさせないように、芸人という仕事が存在するのだという気がする。

(『イルカも泳ぐわい』より引用)

 

この部分を読んだとき、Aマッソのネタがなぜ独特なのか、ちょっとわかったような気がした。Aマッソ(のネタを作る加納)は、決して万人受けするような感じではない。それは「みんな」を笑わせたいのではなく、「特定の誰か」を笑わせたいからなのだ。

 

その相手は、相方の村上であったり、一緒にYouTubeチャンネルを作っているスタッフ陣だったり、身近な友人だったり、Aマッソのファンだったりするだろう。もちろん、不特定多数のお笑いファンにも笑ってもらいたいという気持ちはあるはずだが、そのためには加納が思う「特定の誰かに困った顔をさせない」笑いではなくなるはずだ。

 

読後に「何言うてんねん」と笑ってほしい

あとがきにはこんな文章もある。

 

読み終えた方が「こいつ何言うてんねん」と笑ってくれたらいいなと思います。

(『イルカも泳ぐわい』より引用)

 

今のAマッソは、「こいつ何言うてんねん」とは思われていると思うが、その後に笑えるかどうかはかなり個人の性癖に寄っている感じ。「好き」と「嫌い」が両極端に分かれるだろうなと思う。

 

しかし、それこそがAマッソであり、そこがなくなるとその他のお笑い女性コンビと同じような存在になってしまうだろう。

 

できればこのまま突き進んで売れてほしいなと願ってしまう。普通になってしまったAマッソは見たくない。「特定の誰か」をひとりずつ増やしていって、最終的に日本国民の7割くらいがAマッソの「特定の誰か」になればいいなと思う。

 

まあ、僕が書いているこれも「こいつ何言うてんねん」と思っていただければ幸いです。(笑いはないが)。

 

最後に。本書の巻末に収録されている短編小説「帰路酒」は、もともとネタとして書いたものを作家にボツにされたことから小説に仕上げたものだという。こちらもかなりAマッソだし、ショートショートとしておもしろいので、ぜひご一読を。

 

【書籍紹介】

イルカも泳ぐわい。

著者: 加納愛子
発行:筑摩書房

芸人エッセイ、最新形態。Aマッソ加納、初めてのエッセイ! Webちくまの人気連載「何言うてんねん」に、初の短編小説「帰路酒」他、書き下ろしを加えた全40篇を収録。言葉のアップデート、しすぎちゃう?

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