本・書籍
2021/2/14 6:00

大人のための教養が深まるヨーロッパ都市伝説~注目の新書紹介~

書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。

 

ヨーロッパ在住30年の著者が都市伝説を謎解き

日本で一番有名な都市伝説といえば、昭和50年代に流行った「口裂け女」でしょうか。顔をマスクで隠した女が「私、きれい?」と聞いてくるという噂に、マスクをつけた人を見てはドキドキしていました。コロナ禍では身がもちませんね(笑)。

 

最近ではネットを通じて広まった謎の無人駅「きさらぎ駅」の都市伝説もありました。異界につながる駅。怖いですが、なんとなくロマンを感じます。

今回の『ヨーロッパの都市伝説――歴史と伝承が息づく13話』(片野優、須貝典子・著/祥伝社・刊)はタイトルの通り、ヨーロッパの都市伝説を紹介し、その背景を考察する新書。

 

著者は、ジャーナリストの片野 優さんと旅行ジャーナリストの須貝典子さん。これまで共著で、『図説 プラハ』『こんなにちがうヨーロッパ各国気質』などのヨーロッパ関連の本を手がけてきました。2人ともヨーロッパで約30年暮らし、現在はセルビア・ベオグラード在住ということで、直接見聞きした都市伝説が多く取り上げられているのが本書の強みです。

 

聴いた人が次々と自殺する曲……

冒頭の第1話「自殺を誘発する曲『暗い日曜日』」から、すでにゾクゾク来ます。聴いただけで死にたくなり、本国ハンガリーだけで157人が自殺したという「暗い日曜日」。ハンガリーの首都ブダペストでピアノ弾きをしていたシェレシュ・レジェーが、1933年に発表した曲です。

 

自殺した少女や財務省官吏の傍らにこの「暗い日曜日」の楽譜が置かれていた……といったニュースが新聞で報道されるや、その後、連鎖的に自殺者が増えていき、ついに1968年には作曲者のシェレシュ自身も自殺してしまう……。

 

これは比較的メジャーな都市伝説ではありますが、実際に著者が現地を見てきたエピソードが入り、臨場感が増しています。作曲家のシェレシュが弾き語りをしていたレストラン「キシュピパ」は現存しており、清潔でこぢんまりした印象の有名店だとか。

 

そしてドナウ川の夜景は浮世離れして幻想的。あまりにキラキラしていて現実世界から逃避したくなるのではと著者は推理しています。曲と風景が絶妙にマッチしてしまったのが自殺ソングの真相かもしれません。

 

第7話は吸血鬼のモデルともなったハンガリーの貴族エリザベート・バートリの事件。彼女は「血の伯爵夫人」と呼ばれ、若い娘650人を虐殺して生き血を絞り、若返りのために血風呂に浸かったとされています。

 

蛮行が行われたのは夫の死後、スロバキアのチェイテ城でのことだそうですが、それ以前にエリザベートが住んでいたハンガリーのナーダシュディ城を著者は訪れています。その感想は、想像していたより地味(笑)。拷問器具を探してようやくギロチンらしきものを発見したものの、スタッフに「製本機です」と言われてしまう……。このくだりにくすっと来ました。いつの世も人の想像力は勝手にふくらんでいくものです。

 

後半には、実はこの虐殺事件は濡れ衣だったという説も披露され、歴史ミステリーの短編を読んでいるかのような味わいがありました。

 

ほかにも、ベオグラードのニコラ・テスラ博物館に行き、テスラコイルによる放電実験を体験したエピソードや、プラハでゴーレムの制作者の墓参りをした話など盛りだくさん。都市伝説は時代やその土地の風土を映し出す鏡でもあります。ヨーロッパの達人とも言える2人が教えてくれる都市伝説には、怖さとともに歴史の因果が隠れていました。

 

【書籍紹介】

ヨーロッパの都市伝説 歴史と伝承が息づく13話

著者:片野 優/須貝 典子
発行:祥伝社

歴史の重みや因習を引きずるヨーロッパの都市伝説は怖くて深い――ヨーロッパで約30年間暮らし、33カ国を取材してきた著者は言う。自殺を誘発する曲はどのようにして生まれたのか(第1話)、なぜバチカンはファティマの奇跡を公認しながら第三の予言を隠蔽したのか(第5話)、切り裂きジャック事件の真犯人とは(第8話)など13話の真相に迫る。21世紀に明らかになった新事実や現地取材で発掘した事象を披露。歴史的背景もていねいに解説している。けっしてマユツバではない、読み応えのある大人のための都市伝説!

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。